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???でプレイします!
【読み合わせ】
<Chapter1:嵐の前のやかましさ>
山奥にポツンと佇む、丸太造りのコテージ。
滅多に人の寄り付かないその場所を、二人の女子大生が訪れていた。
未来「やっと着いたあ、ここが噂のコテージかあ!
くんくん……ショタの匂いを感じるよお♡♡♡」
チカ子「おいおい未来、興奮しすぎだぜ。少しは落ち着け」
二人が言葉を交わしてると、奥の階段から黄土色の全身タイツ男が降りてきて、にこやかに会釈してきた。
未来「だ、誰!? 座敷童子……じゃないよね!?」
宗作「座敷童子? 人違いですなあ。あたくシは通りすがりの忍者ザマス。
――時にご令嬢方。この辺りで、怪しい人物を見なかったザマスか?」
チカ子「怪しいのはてめえだ。今すぐそのタイツを脱いで、素顔を見せやがれ!」
宗作「フフッ、それは無理な相談ザマス。あたくシ、このタイツの下はブリーフ一枚。
どうして若いご令嬢方の前で、この美しい素肌を晒すことができようか」
チカ子「やっぱり変質者だな!? とっちめてやる!」
未来「まあまあ、チカ子ちゃん。
確かに今時全身タイツの人は珍しいけど、悪い人とは限らないんじゃないかな?
まずは、お互い自己紹介しようよ」
チカ子「……そうだな。あたいとしたことが、見た目で人を決めつけるところだった。
力山チカ子だ。この世で最も力の山の頂に近き存在とは、あたいのこと。
今日は友人である未来の護衛で、このコテージまでやってきた」
未来「わたしは明日葉未来。チカ子ちゃんと同じ大学に通ってる大学生だよ。
このコテージに座敷童子が出るって噂を聞いて、探しに来たんだ。
座敷童子って、絶対かわいいショタだよね!? 必ず見つけ出してやるんだあ!」
宗作「あたくシは井間谷宗作と申すもの。
尋ね人があってこのコテージを訪れたザマス。先ほどの非礼についてはお詫び
XIII「デストローーーーーーーイ!!!」
3人の自己紹介が終わった直後だった。
玄関扉が勢いよく開かれ、全身フル合金のあからさまな人外が乗り込んできた。
未来「絶対座敷童子じゃない何かがキターーー!!」
チカ子「下がってろ未来! 今度こそ本当にやばそうなのが現れやがった」
XIII「話は聞かせてもらったぞ、精神異常者ども。
忍者に、力の山に、座敷童子だあ? んなもん、実在する訳ねえだろが!!!
てめえら全員、精神病院にぶち込んでやる!!!」
チカ子「精神病院だと? いきなり現れて、何を訳のわからねえことを抜かしやがる。
大体、まずは自分の名を名乗るのが筋じゃねえのか?」
XIII「フハハハッ!!! 確かにその通りだ。では名乗ろう。
我が名はHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII。職業は精神科医。
その目的はただ一つ。てめえらのようなキチガイが跋扈する、このふざけた世界を破壊することだ」
未来「世界を破壊する!? ふえ~アニメの悪役みたい」
チカ子「ハイパーなんとかサイボーグ、てめえが危険な存在なのはよくわかった。
それで、このコテージに来た目的は何だ?」
XIII「ふん、人の名前も正確に覚えられんような阿呆には教えられんな!」
と吐き捨てながら、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIを名乗る鉄塊はキッチンの冷蔵庫を開け、ごそごそと漁り始めた。
それを見た明日葉未来は、あることに気が付く。
未来「――そういえば。もしかしてこのコテージって、クーラーない??」
宗作「イカにも。二階も一通り見て回ったけれど、見当たらなかったザマス」
チカ子「なんだって? じゃあこの蒸し風呂状態の小屋で丸一日過ごすってことか?
こいつは参ったな」
XIII「……クーラーはねえが、扇風機ならそこに転がってたぜ。ま、使い物にならねえと思うがな」
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが指さすそれを、未来が拾い上げて持ってきた。
ところどころ塗装が剥げている、昔ながらの羽根つき扇風機である。
未来「ちょっとボロだけど、まだ十分使えそうだよ。どうして使えないと思ったの?」
XIII「下の注意書きをよく読んでみろ」
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<使い方>
・「送風モード」と「冷風モード」があります。「冷風モード」の方が、より多くの電力を消費します。
・出力はつまみで調整してください。
・内蔵バッテリーにより電源無供給でも最大5分間動作します。
<注意!>
この扇風機は一時間当たり約5万円の電気代がかかります。
電力消費が激しいため、ブレーカーダウンにお気を付けください。
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チカ子「一時間5万だと? そんな扇風機があるものなのか?」
宗作「まさか! こんなのジョークに決まっているザマス。
あたくシ、もう汗びっしょり。さ、早く扇風機をつけマしょ」
未来「賛成! やせ我慢はよくないもんね!」
XIII「てめえら本気で言ってんのか!?
家電の注意書きはきちんと守るのが常識だろ!?」
猛烈な反対意見もあったが、結局、賛成派多数で扇風機をつけてみることになった。
未来「まずは送風モードでつけよっか。出力は最小で」
明日葉未来の指が、扇風機のボタンに触れる。次の瞬間。
扇風機「ブオオオオオオオオオンンンン」
凄まじい風が吹きつけ、辺りの物体が宙を舞う。
玄関扉はこじ開けられ、室内の物体は次々と建物外へと飛散していった。
体重の軽い未来や宗作は、立っているのもやっとである。
宗作「あひょおおおおおおおおおおおおおおおおおお♡♡♡♡♡」
XIII「だから俺様は危険だと言ったんだ、狂人どもめ!!!」
チカ子「未来、電源を切れ!!」
未来「う、うん!!」
どうにか手を伸ばし、もう一度送風ボタンを押す。
扇風機の羽根は回転を緩め、猛烈に吹きつけていた風もすぐに収まった。
宗作「ふふっ、お花畑が見えかけたザマス」
チカ子「未来、けがはないか!?」
未来「う、うん。大丈夫。
でも、私の荷物バラバラだよ~。いくつか外に飛んでっちゃったかな?」
XIII「やっぱり、この扇風機は封印だ。電気代の問題だけじゃねえ。生命に危険が及ぶ。
いいか。何があっても使うんじゃねえぞ!!」
外気温は40℃超え。カンカン照りが降り注ぐ、灼熱地獄。
冷房器具のないコテージの中で、4人の長い長い一日が幕を開ける。
<Chapter3:爆風と共に去りぬ>
翌朝。
目を覚ました者が、続々とリビングに集まってきた。
チカ子「ふう。今朝もとんでもない暑さだぜ」
宗作「これはこれは、チカ子氏。おはようございザマス~♪
輝く汗は青春の象徴! 今朝のあなた、一段と輝いているザマスよ!」
XIII「ほざけ、井間谷宗作!
止まらぬ汗は、精神疾患の兆候。力山チカ子、やはり貴様には俺様の治療が必要なようだな!!」
チカ子「朝っぱらからやかましいな。ちっとは静かにできねえのか?
……おや。未来がまだ起きてないのか。ちょっくら様子を見てくる」
未来を起こしに2階に上がったチカ子。数分後、青ざめた顔で戻ってきた。
チカ子「未来がいねえ――どこにも!」
宗作「マ? ちゃんと全部屋捜したザマス?」
チカ子「もちろん、隅から隅まで捜したさ」
XIII「徘徊癖がある患者ほど厄介なものはない! 俺様も捜索を手伝ってやろう」
3人でコテージ内を捜し回るが、やはり明日葉未来の姿は見つからない。
未来の護衛であるチカ子は、半狂乱に陥っていた。
チカ子「うおおおおおおお!!!! 未来、一体どこに行っちまったんだ!!??
まさか、あんたらが何かしたんじゃねえだろうな!?」
宗作「ちょっとちょっと、落ち着くザマス。あたくシ達で争っても何も生まれないザマスよ」
XIII「ん? おいてめえら、リビングをよく見てみろ」
宗作がチカ子を宥めている間に、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIはリビングの『異変』をみとめていた。
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<リビングの異変>
・テーブルの上に置いていたはずのマスターキーと、棚の横に置いていた扇風機が消えている。
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XIII「あの女、扇風機とマスターキーを持ちだして逃亡しやがったんだ。セコい女だぜ、全く」
チカ子「馬鹿を言え! どうしてそんなコソ泥みたいな真似をする必要がある?
コテージの契約者は未来なんだぞ!」
宗作「謎が深まってきたザマスねぇ。ここは冷静に、情報交換から始めるのはイカが?」
チカ子「……そうしよう。悪いが、あたいはまだ、あんたらを信用しきれていない。
この中に犯人がいる可能性も含めて議論させてもらうぜ」
⇒読み合わせは以上です。
明日葉未来が失踪した事件について、話し合いましょう。
10分後、力山チカ子が事件の真相について推理を述べます。
<Chapter4:秒速34000センチメートル>
チカ子「未来は、何らかの理由で自ら姿を消した。そう考えざるを得ないな……」
チカ子は、今回の事件は未来によるセルフ失踪であると結論づけた。
宗作とHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIもそれに頷く。
宗作「建物の周辺を捜してみるのはイカが? 何か痕跡が残っているかもしれないザマス」
XIII「それがいい。手分けして周囲を捜索するぞ!」
チカ子「犯人はあんただな、忍者。未来をどこにやりやがった!?」
チカ子は、今回の事件の犯人は宗作であると結論づけた。
宗作は目元をしょんぼりさせつつ、首を横に振る。
宗作「残念ながら、あたくシは本当に何も知らないザマス。
未来氏を見つけたいという気持ちは、あたくシも一緒なんザマスよ」
チカ子「そう、だったのか……!
すまない、疑って悪かった。あんた、本当にいい奴だったんだな」
XIII「いつまでもここでうだうだ話していても、しょうがねえだろう。
建物の外を捜しに行くぞ! 何か手がかりが見つかるかもしれねえ」
チカ子「犯人はあんただな、サイボーグ。未来をどこにやりやがった!?」
チカ子は、今回の事件の犯人はHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIであると結論づけた。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIは不敵な笑みを浮かべ、高笑いする。
XIII「フ、フハハハハハハハハッッ!!!!
愚かだな力山チカ子。残念ながら、俺様は誘拐犯ではない。
エリィィィィーーーートたるお医者さまってのは、そんなくだらん犯罪には及ばねえんだよ」
チカ子「別に医者という職業を侮ってる訳じゃない。
あたいが不審に思っているのは、証拠も無しに精神科医を自称し、
意味不明なことを喚き散らかすあんた自身のことさ」
XIII「この俺様の身分を疑うとは、正気か!? どこからどう見ても立派なお医者さまだろうが!?」
宗作「ノンノン、喧嘩はお止めなさい! 一旦頭を冷やして、外の様子でも見に行きマしょ。
何か手がかりが見つかるかもしれないザマスよ」
XIII「……フッ。俺様としたことが、珍しく冷静さを欠いたようだ。
井間谷宗作の言う通りだな。炎天下を歩くのは気が引けるが、外に出てみよう」
チカ子「そうだな。あたいも言葉が過ぎたよ。さあ、捜索を続けよう」
チカ子「未来の失踪に関与しているのは、この場に居ない第三者だ。間違いない」
チカ子は、今回の事件は外部犯による犯行であると結論づけた。
宗作とHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIもそれに頷く。
宗作「さもありなんザマス。
ともあれ、建物の周辺を捜してみるのはイカが? 何か痕跡が残っているかもしれないザマス」
XIII「それがいい。手分けして周囲を捜索するぞ!」
◆
外の探索を始めた3人。
すると、玄関口のすぐ傍で、例の扇風機が見つかった。
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<扇風機の発見状況>
①扇風機は、玄関口の傍で、横倒しの状態で発見された。
②現在、風は出てない。送風モードのつまみは振り切られており、最大出力の風が噴出されたとみられる。
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XIII「これではっきりしたな。
明日葉未来は扇風機を独り占めしようと外に持ち出した挙句、
出力設定を誤り、自らお星さまになったって訳だ」
宗作「なんてコト――! あたくシ、全身タイツが引き裂かれるような思いザマス……」
チカ子「フンヌオオオオオオオ!!??」
思わぬ発見に、怒号をあげるチカ子。
目にも止まらぬ素早さで扇風機を抱え込み、リビングへと駆け込んだ。
チカ子「未来!! 今そっちに行くからなあああ!!!!」
すぐさま2人が追い縋ると、今まさにチカ子が扇風機を起動せんとするところだった。
寸でのところで、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが止めに入る。
XIII「待ちやがれ! 昨日の出来事を忘れたのか!?
最大出力で起動なんてしたら、タダじゃ済まねえぞ!?」
チカ子「わかってるさ! ミイラ取りがミイラになるかもしれねえ。
だが、放っておく訳にはいかねえんだ。あの子は、あたいの大切なダチだからよ……」
XIII「このわからずやめ! すぐに入院手続きを済ませてやる!!」
チカ子とHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが言い争う中、宗作が穏やかに割って入る。
宗作「チカ子氏。あたくシ、あなたの思いに感服いたしマした。
どうかあたくシにもお手伝いをさせてくれませヌか?」
チカ子「忍者――恩に着るぜ! あんたも扇風機の風に吹き飛ばされてくれるんだな?」
宗作「いや、そんなことは言ってな――」
扇風機「ブオオオオオオオオオオンンンwwwww」
起動スイッチが押された瞬間、前回の比ではない爆風が巻き起こる!!
宗作の体が宙に浮いたかと思うと、次の瞬間には開け放たれた西の窓から地平の彼方へと消えていった。
宗作「いやあああああぁぁぁぁnnnn↓↓↓(ドップラー効果)」
チカ子「……今ので出力5%くらいか? もう少し引き上げても大丈夫そうだな」
XIII「クソったれ! もううんざりだ!! この小屋には狂人しか居ねえ!!!
俺様は自分の部屋に籠らせてもらう! 電気代は全部てめえらで払えよ!?」
チカ子「サイボーグ、あんたには東側の捜索を頼みたい。
その機械の体なら、さっきより強い風にも耐えられるだろう」
XIII「バカ!! こっちにそれを向け――
デストロオオオオオオォォォォォォォィィィィィiiiiii」
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIは、東の空の塵となった。
チカ子「あれだけ馬鹿デカい声を張り上げられるなら、多分無事だろう。感謝するぜ、二人とも」
チカ子は、出力を最大まで引き上げる。
風の唸りに混じって、メキメキという建物の悲鳴が聞こえてくるようだ。
チカ子「未来、今行くぜええええぇぇぇぇぇぇぇ」
意を決して風の中に身を投じると、チカ子の体は南の空の流星となった。
誰も居なくなったコテージでは、古ぼけた扇風機だけが、虚しく稼働を続けていた。
⇒読み合わせは以上です。
⚠︎あなたがたは、全員ロストしました。この注意書きを読み終えたら、VC「どこか遠い場所②~④」にそれぞれ移動してください。
その後、明滅しているセクションを中心に、HOの再読み込みを行ってください。
10分後、読み込みを完了して次の章へと進みます。
<Chapter5:風の吹く日は頭が悪い>
XIII「デストローーーーーーーーーイ!!!」
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの絶叫を旗印に、4人は丸太小屋のリビングに集結していた。
XIII「扇風機! それはまさに人類の叡智!!
我々はこの偉大な発明のおかげで、今日も生き永らえることができる!!!」
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIは、リビングの中央で仁王立ちになり、感涙の演説を述べていた。
しかし、彼の体には、いかなる微風も吹きつけてはいない。
XIII「んん? 涼しさが失せたような……
って、扇風機がねえじゃねえか! 一体どこに消えた!?」
未来「ごめんなさい、XIIIさん。わたしが上に持ってっちゃいました」
XIII「明日葉未来!? いつの間にコテージに戻ってきていやがった!?
てめえのせいで、俺様は熱中症寸前だ!」
宗作「何はともあれ、皆が無事でなにより。
時に、扇風機はそこに転がってるザマス。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏が蹴飛ばしたのでは?」
XIII「馬鹿言え! 俺様がそんなお行儀の悪いことをする訳ねえだろ!?」
扇風機は、リビングの床に、静かに横たわっていた。
電源は入っていない。
未来「いつの間にか移動されている扇風機……やっぱり、見えざる何かが暗躍してるのかも!」
XIII「ハッ、また座敷童子がどうとか言い出す気だな! てめえらの戯言にはもううんざりだ!」
チカ子「その件も気になるんだが、少しいいか? あたいにその扇風機を貸してほしいんだ」
宗作「あらマァ、あなたも? ちょうどあたくシも、扇風機を使いたいと思っていたんザマス」
未来「ちょ、ちょっと待って! 実は、わたしもその扇風機が使いたいと思ってたの!」
全員の合意で使用が禁じられた扇風機。
しかし奇妙なことに、今や3人が異口同音に「扇風機を使いたい」と主張している。
XIII「ハハハ、こりゃ面白い! 扇風機の取り合いって訳だ。
だが、残念だったな。この扇風機は、崇高なる目的のために俺様が持ち込んだ秘密兵器。
貴様らのような得体の知れない連中に、易々と使わせる訳には行かない」
チカ子「あんたがその扇風機の持ち主だって? 口からでまかせじゃねえだろうな?」
XIII「事実だ! 俺様の勘がそう言っている!!」
未来「じゃあ、扇風機はもう使えないの? うーん、弱ったなあ」
XIII「フハハッ!! だが、俺様は慈悲深い男。貴様らにチャンスをくれてやろう。
どうして扇風機を使いたくなったのか、経緯を含めてきっちり話してみせろ。
信用に足る話をした奴は、『精神異常なし』とみなして、特別に扇風機を使わせてやる」
宗作「逆に、信用を得られなかった場合はどうなるザマス?」
XIII「決まっている! 脳外科手術<ブレイン・オプティマイゼーション>だ!!
この俺様のような、見違える常識人に人格矯正してやる!!」
チカ子「ミジンコに生まれ変わった方がいくらかマシだな」
未来「とにかく、どうして扇風機を使いたくなったのか、正直に話せばいいんだよね?
ようし、任せといて!」
⇒読み合わせは以上です。
「扇風機を使いたい理由」について、それぞれの思惑をHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIに話してください。
20分後、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIがそれぞれの精神状態について問診結果を発表します。
なお、明日葉未来は合流したばかりで状況を呑み込めていないかもしれません。
お互い何をしていたのかを先に共有しておくと、話し合いがスムーズでしょう。
<Chapter6:風樹の綻>
XIII「フハハハハハハッ!!!!
ではこれより、問診結果を発表する!!」
XIII「まずは井間谷宗作。てめぇは……異常なしだ!
少し言動に不審な点があるが、まあ健常者の範疇だろう。よく食ってよく寝ることだな」
宗作「うふふ。形式的なものとはいえ、これは嬉しかり。適切な診断ありがとうございザマス」
XIII「まずは井間谷宗作。てめぇは……精神異常者だ!!
下山後、即時入院決定!! その珍妙な身なりと口癖を叩き直してやるから、覚悟しておけ!!」
宗作「ンマァ、なんてこと! あたくシは己の信念に従って行動しているだけだというのに……」
XIII「続いて力山チカ子。てめぇは……異常なしだ!
俺様への反抗的な態度は気に食わんが、治療が必要とまでは言えないだろう。
せいぜい鍛錬に励むことだな」
チカ子「言われなくても、そうさせてもらう」
XIII「続いて力山チカ子。てめぇは……精神異常者だ!
下山後、即時入院決定!! その生意気な態度と筋トレ中毒を矯正してやるから、覚悟しておけ!」
チカ子「あたいが異常だと!? チッ、茶番とは言え、あんたに言われると釈然としないぜ」
XIII「最後に明日葉未来。てめぇは……異常なしだ!
未だに座敷童子を連呼しているのは擁護できんが、早急な治療を要するほどではないだろう。
これまで通り、気ままな妄想ライフを送るがいい」
未来「おお、セーフ! 安心したあ。ありがとう、XIIIさん!」
XIII「最後に明日葉未来。てめぇは……精神異常者だ!
下山後、即時入院決定!! その妄想癖と落ち着きのなさを根絶してやるから、覚悟しておけ!」
未来「ええーーー!? そんなのおかしいよ! 考え直してよ、XIIIさん~!!」
XIII「という訳で、問診は以上だ。解散!!」
◆
未来「じゃあ、早く扇風機を使わせて、XIIIさん!」
チカ子「もう気は済んだだろ? とっとと扇風機を寄こしてもらうか」
宗作「時は一刻を争うザマス。早速、扇風機を使わせてくださりますかな?」
問診の後、3人は扇風機の利用許可を出すよう、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIに迫る。
その様を見たHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIは、さぞ愉快そうに顔をにやつかせる。
XIII「クックック……ハーーーーーーーハッハッハッ!!!!
ダ・メ・だ。そう簡単に扇風機を使わせる訳にはいかない」
チカ子「おい! 約束と違うじゃねえか!」
XIII「問診はあくまで問診だ。てめえらの話が真実だという確証が得られた訳じゃない。
これより、それぞれの現場に赴き、実地調査を行う。
そこで話に偽りなしと証明できた暁には、晴れて扇風機の使用許可書を書いてやろう」
宗作「初めからそうすればよかったのではないザマス?」
XIII「細かいことをぐちぐち抜かすな!
まずは、明日葉未来。てめえの話から真偽を確かめよう。屋根裏部屋へと案内しやがれ!」
未来「えっ、うーん……しょうがないなあ」
◆
未来に導かれ、4人は物置部屋から屋根裏部屋へと上がる。
しかしそこには、薄暗くて埃っぽい、そして異常に蒸し暑い空間が広がっているだけだ。
XIII「やっぱり座敷童子なんてどこにも居ねえよなあ!??」
未来「だから、言ったでしょ! 座敷童子くんは扇風機をつけたら姿を消しちゃったの。
もう一回扇風機をつけたら現れるんだよきっと!!」
XIII「往生際が悪い女だな!? そんな取ってつけたような理由で扇風機を使わせる訳ねえだろ!?」
未来は必至に抗議するが、取り付く島もない。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIはしたり顔でふんぞり返っている。
XIII「さ、もうここはいいだろう。
次にここから近いのは――、井間谷宗作。てめぇがいた現場だな? 案内しやがれ」
宗作「構わないけれども、歩いて1時間はかかるザマスよ?」
XIII「そんなに遠いのか!? これ以上炎天下を歩いたらショートしちまう!」
チカ子「その距離なら、扇風機で吹き飛んでいった方が早いかもな」
未来「賛成! わたしもみんなみたいにお空を飛んでみたい!」
XIII「ぐぬぬぬ……苦渋の決断だが、仕方あるまい。
俺様には医者としての職務を全うする義務がある。
てめぇら全員の話の真偽を確かめる目的に限り、扇風機の利用を許すとしよう」
再び、扇風機の羽根が回り始める。
井間谷宗作が降り立ったという地点を目指して、出力が調整される。
チカ子「未来。あたいが先に向こうに行って、飛んできたあんたを受け止める。
何も心配しなくていい」
未来「うん! ありがとう、チカ子ちゃん。頼りにしてるね!」
最初に風に乗ったのは、チカ子。
建物を倒壊させそうなほどの猛風に、躊躇なく飛び込んでいく。
その後を未来が追う――はずだったのだが、未来は、暴風の凄惨な勢いに尻込みしていた。
未来「す、すごい風だね〜。いざ自分で飛び込むってなると、さすがに怖いなあ」
XIII「何をもたもたしてやがる! 怖気付いたなら俺様が先に行かせてもらうぞ!」
と、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが割り込んできて、例の絶叫とともに西の空へと飛び立っていった。
宗作「未来氏、無理する必要はなかろうぞ。
どうしても怖ければここに残って……って、おや? 急に風が止んだザマス」
扇風機は「ガガガ……」という不吉な音を立てつつ、回転を止めていた。
電源プラグを差し直したり、ボタンやつまみをいじったりしてみるが、元通りには動かない。
未来「任せて、宗作さん。こういう時は、頭をポンって叩いてやると大体直るんだよ。
くらえ、おばあちゃん直伝のチョップ!」
未来が扇風機の頭を叩いたその瞬間、再び強風が巻き起こり、宗作の体を吞み込んでいった。
宗作「達者でなァァァァァァァァァ」
未来「……ほんとに直っちゃった。ようし。怖いけど、わたしも続くぞ!」
数秒遅れて、未来も風の中に身を投じ、西の彼方に飛び立った。
こうして、コテージには再び静寂が訪れたのだった。
⇒読み合わせは以上です。
まずは全員、VC「どこか遠い場所③」に移動してください。
明滅しているセクションを中心に、HOの再読み込みを行ってください。
15分後、読み込みを完了して次の章へと進みます。
<Chapter8:真相は風の中>
宗作の華麗な推理を受け、感心する3人。
彼の推理は合っているかもしれないし、間違っているかもしれない。
その答えは、今はまだわからない。
チカ子「みんな、疲れただろう。少し休もう。
仏さんが居る家の中じゃ、あまり落ち着けないかもしれねえが……」
一行は寝室へと移り、警察を待つことにした。
当然のことながら、未だ空気は重く、会話はほとんど起こらない。
そんな中、不意に井間谷宗作が立ち上がり、「見せたいものがあるザマス」と言って部屋から出ていった。
数分後、戻ってきた井間谷宗作。
どこから見つけたのか、大きなブルーシートで身を包み、顔以外は完全に隠れている。
未来「宗作さん、どうしたのその恰好?」
チカ子「またなんかのジョークか?
悪いが、今は笑ってやれる余裕はないぜ」
宗作「フフ、これはジョークではないザマス。
あたくシはついに、世界を救うための聖衣を手にしたのですよ。
見よ、この姿を!!!」
☆井間谷宗作は、前章【自問自答】セクションで選択したタイツの色を宣言してください。
なお、もし気が変わりそうな場合は、5分間の再シンキングタイムを設けることができます。
この時、全員で会話を行って構いません。全身タイツ解放戦線の結束を活かすべき時かもしれません。
宗作が何色のタイツを着るか決めたら、全員、下のプルダウンリストから宣言されたタイツを選択し、「全身タイツ解放」ボタンを押下してください。
彼の身を包んでいたのは、なんと――まばゆく輝くだった!!
宗作「これぞ、全身タイツの真骨頂!!
どうザマス?? 似合っているカシら???」
チカ子「お、おう。まあ、いいんじゃねえか……?」
XIII「ぐ、ぐわあああぁぁああ!!!!
ゔゔゔゔおおぇぇぇぇxxxxx!!???」
未来「た、大変!! 突然XIIIさんが激しく苦しみ始めたよ!?」
チカ子「待ってくれ、展開についていけない」
直前まで沈黙を保っていたHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが、突如として奇声を発しながら痙攣し始めた!
その様子は尋常ではない。
XIII「ヴ、ヴヴヴヴ……ガギゴゴ……ガガガガガガガガガガガガガ」
未来「ほ、本格的にやばそうな音がするよお!」
宗作「二人とも、そこから離れるザマス! その者は、間もなく爆発する!!」
未来「ええっ!? そうなの!!??」
チカ子「よくわからんが、とりあえず距離を取ろう。未来、こっちだ!」
激しくバイブするHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIを部屋に残し、廊下に退避した3名。
じっと様子を見守るが、けたたましい騒音が止まる気配はない。
未来「爆発、しないよ……?」
宗作「すまぬ。ノリで言ったザマス」
チカ子「……爆発はさておき。
ああなったのは、忍者のその姿を見た瞬間だったよな。何か心当たりはねえのか?」
宗作「ふむ……いくつか可能性は考えられるザマスが、今はなんとも」
未来「なんか、XIIIさん苦しそう。機械が故障しちゃったのかもしれないよ。
わたしのチョップで治せないかな?」
チカ子「よせ、危険だ! 何が起こるかわかったもんじゃない」
未来「でも、このまま放ってはおけないよ!
色々あったけど、わたしたち、これまで一緒に冒険してきた仲間でしょ。
こんな時こそ、助け合わなくちゃ」
宗作「未来氏。あたくシは協力するザマス。
たとい何が起ころうとも、全身タイツを着る時は一緒と誓ったザマス」
チカ子「……わかった。あたいも行こう。二人とも、あたいの背中に隠れてな」
チカ子を先頭に、爆音を轟かせるHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの元に歩み寄る。
その間にも音量は加速し、鼓膜が破けてしまいそうな勢いだ。
未来「XIIIさん、今楽にしてあげるからね……! えいっ」
未来のチョップがHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの頭に突き刺さった、その瞬間。
周囲に、眩い閃光が走る!!
XIII「ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ァァァァッ!!!!!」
絶叫とともに、白目を向いていたHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの両眼に光が戻った。
その瞳は、憑き物が落ちたかのようにきらきらと輝いている。
XIII「ふ、フハハハハハハハッッ!!!!!
思い出した。思い出したぞ!! 我が計画『World Destroy Project』の全てを。
これで、この世界は本当に終いだ!!!
感謝するぞ井間谷宗作。貴様のその姿が、俺様を完全体へと引き戻してくれたのだ」
宗作「あたくシの全身タイツ姿で……? ということは、あなた、まサか――」
チカ子「……一応、正気に戻ったのか? 残念なことに、これが奴の平常運転なんだよな」
未来「『World Destroy Project』、すっごく気になる!
XIIIさん、どんな計画だったのか、わたしにも教えて!」
XIII「いいだろう。世話になった貴様らには、特別に俺様の記憶を共有してやる。
これより貴様らも、俺様と同じ、選ばれしWorld Destroyerとなるのだ。ありがたく思え」
チカ子「よせ、死んでもごめんだ!」
XIII「もう遅い! 思い知るがいい、この俺様の怒りを!!!
必殺・記憶汚染電波《メモリー・コンタミネーション》!!」
記憶回路をジャックする凶悪な電磁波が、未来・チカ子・宗作を襲う。
3人の脳に、夥しい量の記憶が流れ込んでくる――!
⇒読み合わせは以上です。
続いでHO読み込みの時間(10分)となります。
新たに出現した【とある科学者の記憶】セクションの内容を確認しましょう。
10分後、「Chapter9に進む」ボタンを押下してください。
彼の身を包んでいたのは、なんと――まばゆく輝くだった!!
宗作「これぞ、全身タイツの真骨頂!!
どうザマス?? 似合っているカシら???」
チカ子「お、おう。まあ、いいんじゃねえか……?」
未来「とっても似合ってるよ、宗作さん! さすが、全身タイツ解放戦線のリーダーだね!」
やがて警察がやってきて、4人は警察に保護される形で山を下りることとなった。
警察は事件を物盗りの犯行と断定し、大規模な捜査網を展開した。
きっと近いうちに、犯人は捕まることになるだろう。
◆
――深夜、コテージに近づく影。
その正体は、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIであった。
ふらつく足取りで、壊れかけの扇風機の元に歩み寄る。
XIII「全て、思い出したぞ。『World Destroy Project』の詳細。そして、その真の目的も……!」
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIは再び風に乗る。
この狂った世界をぶち壊すために。何度でも、何度でも。
XIII「デストローーーーーーーーーイ!!!」
END『果てなきデストロイ』
【みんなが知っていること】
①舞台設定
一行がコテージに集まったのは、2124年8月31日。
本年は前年に引き続き大変な猛暑で、マイナスイオン機能付きのエアコンやクーラーが爆売れしている。
コテージは山奥にあり、麓の町までは徒歩で4時間かかる。
山道はよく整備されており、ごみ一つ落ちてないが、非常に入り組んでいる。そのため、地図やGPS機器が無いとまず道に迷う。
周辺には他にもコテージがあるが、いずれも利用客に乏しく、一帯は人気(ひとけ)に乏しい。
②コテージについて
コテージは丸太小屋である。2124年8月でちょうど築100年を迎えており、老朽化が進んでいる。
明日葉未来の名義で、一泊二日の利用契約をしている。
電気・水道・ガスは自由に利用できるが、別途加算請求される。
テレビ・冷蔵庫・洗濯機に加え、パンを焼く石窯も備わっているが、クーラーの類は存在しない。
なお、chapter1の暴風騒ぎにより、大型家電を除く備品はほぼ全て吹き飛ばされている。
各部屋の扉は施錠可能だが、鍵は、全ての部屋を解錠できるマスターキーが一つ存在するのみである。
ただし、力山チカ子は、圧倒的筋力により施錠された扉を強引にこじ開けることが可能である。
4人全員の合意により、夜間はトイレを除く全部屋が施錠されていた。
③コテージ見取り図
④扇風機
扇風機には送風モードと冷風モードがある。
それぞれ、つまみによって出力を調整可能。
送風モードにすると、最小出力でも人が立っているのもやっとの凄まじい風が巻き起こる。
chapter1で起こった暴風騒ぎにより、全員のスマホや財布等の手荷物は野外に吹き飛ばされてしまった。
冷風モードで起動すると、心地よい冷風が送り出される。
⑤2124年の科学技術
2024年の科学技術と比べて、大して進歩していない。
扇風機やサイボーグ周りの研究はやや進歩しているようだが、一般人はそこまで詳しくない。
⑥現場の状況
現場となったのは、石造りの建物。
4人が滞在していたのと同様の、レンタル式のペンションらしい。
建物周辺は、先ほどまで居た場所と比べて、かなり涼しい(とはいえ、普通に暑いことは暑い)。
老婦人の遺体が見つかったのはリビングのソファの上で、首に手ぬぐいが強く巻き付けられている。
すでに息を引き取っているようだが、発見時には体温が残っていた。死因は不明。
現場はタンスの引き出しなどが乱雑に開けられており、かなり荒らされている。
人が出入りできそうな窓が一つあり、半開きの状態である。
また、遺体の発見時、部屋はきんきんに冷えていた。
真新しい扇風機(最初のコテージで見つけたものとは別物)の前に氷袋がぶら下がっており、冷たい空気を循環させていたようだ。
今は扇風機のコンセントは外れており、少しずつ暑さが戻ってきている。
【とある科学者の記憶】
小さい頃の記憶がない。
気がつけば、The・マザーと一緒に暮らしていた。
The・マザーは実の親ではない。山道で彷徨っていた俺様を拾いあげ、育ててくれた恩人だ。本名は、しのぶという。
出会った当時のことについて、彼女は多くを語らない。俺様に辛い記憶を思い出させたくないという、配慮からだろう。
拾われた時に覚えていたのは、自分の名前と年齢、誕生日。
そして、記憶を失う直前の感覚だけだ。
幼い俺様は、誰かに伴われて街を歩いていた。
ひどく暑い夏の日だった。俺様が「お腹が空いて歩けない」とだだをこねると、同伴者はとっておきの飴玉をくれた。
俺様は、そいつのことが大好きだった。いつでも俺様を助けてくれる最強のヒーロー。
しかし、気が付けば、ヒーローは俺様の前から姿を消していた。
……その後、何か重大なことが起こった気がするのだが、はっきりと思い出せない。
ただ、見知らぬ大人たちに連れ回され、山の中に置き去りにされたことは朧げに記憶している。
そこをたまたま通りがかり、救いあげてくれたのが、The・マザーだったという訳だ。
俺様の生まれは日本だが、育ちはアメリカだ。
The・マザーはアメリカに仕事があり、俺様を引き取って間もなく渡米したのだった。
異国の地で、彼女はとても親切にしてくれた。
出会った頃の俺様は、常に何かに怯えている様子でほとんど口をきかなかったというが、根気強く語りかけてくれた。
英語を教え、米国式の生き方をしつけてくれた。
おかげで俺様は立派に成長し、目指していた機械エンジニアになれた訳だ。
いつか、きちんと恩返ししたい。そう考えていた矢先、事件が起こった。
今から5年前のこと。日本から訪ねてきたThe・マザーの友人が、飛行機事故で命を落としたのだ。
The・マザーはひどく落ち込み、部屋に塞ぎ込むようになった。
病は気からと言う。
事故後、The・マザーは持病の心臓病を急速に悪化させ、満足に動くこともできなくなってしまった。
医者からは、そう長く持たないだろうとの宣告を受けた。
今を逃せば、一生恩返しの機会を失ってしまう。
何かしたいこと、してほしいことは無いかと尋ねるが、The・マザーは決まって、
「あなたが傍に居てくれればそれでいいです」と言う。
嬉しい言葉だが、それじゃ俺様の気が収まらない。
悶々と過ごす中で、The・マザーが俺様のためにどれだけのことを犠牲にしてきたかを思い知らされた。
まだ若い頃に俺様の母親代わりとなり、以来、色恋沙汰とは無縁で過ごしてきたThe・マザー。
本当は好きな人が居たんじゃないのか?
結婚して家庭を築こうと願ったこともあったんじゃないか?
俺様が居たから、我慢してきたんじゃないのか?
昂る気持ちを抑え、さりげなく話を振ってみる。
「The・マザーの初恋の人は、どんな人だったんだ?」と。
すると、思いがけない返答があった。
The・マザー「わたしの初恋の人は、座敷童子なんです」
The・マザーは決してユーモアのない人間じゃないが、こういう突拍子の無い冗談を言うことは珍しい。
詳しく話を聞いてみると、存外興味深いエピソードだった。
The・マザー「座敷童子ってのは、友達の千香子(ちかこ)さんがつけたあだ名なんですけどね。
ほら、あの人オカルト好きだったでしょう。
状況的に見て、あなたが出会ったのは座敷童子に違いないなんて言うんですよ。
というのもね、その子は山奥のコテージに一人で居たから……」
◆
――私が10歳の頃、家族で山に出かけたんです。
初めての宿泊旅。泊まったのは、池の畔にあるペンションでした。
旅行の最初の夜。
目が冴えて眠れず、外に出て月を眺めていると、山の上から美味しそうな香りが漂ってくるじゃありませんか。
その香りにつられて山道を進んでいくと、丸太小屋のコテージに辿り着いたんです。
窓から覗き込んでみると、自分と同じ年頃の男の子が厨房に立っている。
熱心に手元を動かしているようでしたが、やがて訪問者の存在に気づき、二人の目が合いました。
私たちはびっくりしてしばらく固まっていましたが、やがて男の子が口を開きました。
「……一緒に作る?」
男の子はパンを焼いていました。私も厨房に入って、パン作りを体験しました。
私が焼いたものは硬くてまるでビスケットのようでしたが、男の子が焼いたパンはもちもちふわふわで、この世のものとは思えない美味しさでした。
パンを口に運びながら、私たちは少しだけ話をしました。
「僕はパン屋さんになりたいんだ。だから、たまにここへやって来て、修行をしているの……」
空には少し雲が出てきて、月を覆い隠そうとしていました。
男の子は、「大変。月が隠れたら真っ暗で帰れなくなってしまうよ。急いで戻らなきゃ」と、
私の手を取って、家族が眠るペンションへと道案内してくれました。
別れ際、私たちは言葉を交わしました。
明日も、遊びに行っていいかと尋ねると、男の子ははにかみながら、
「うん。待っているね」
と言ってくれました。
◆
XIII「それで、その少年とはどうなったんだ?」
The・マザー「残念ながら、それっきりだったんですよ。
翌日も、その翌日も小屋に向かったんですけど、辿り着けなくて。
ほら、私、方向音痴でしょう。
最初の夜はパンの匂いを頼りにやって来れたけど、匂いが無いと道が分からなくてね」
まるでおとぎ話のようだったが、The・マザーの瞳は、少女のそれのように輝いていた。
あの人がそんな表情を見せるのは初めてのことだった。
XIII「そいつの焼くパンを、もう一度食ってみたくはないか?」
その問いかけが意外だったようで、The・マザーは一瞬目を円くしたが、すぐに微笑みを戻してこう答えた。
The・マザー「ええ。人生で一番美味しかった食べ物ですもの」
◆
目標が定まった。
The・マザーと座敷童子少年を、再び引き合わせる。
別に今から恋に目覚めろだなんて言うつもりはない。座敷童子とやらには家族が居る可能性だってある。
ただ、俺様のために全てを犠牲にしてきたThe・マザーに、もう一度夢を見させてやりたいと思ったのだ。
The・マザーから座敷童子少年の名前や特徴を聞き出し、人捜しを試みる。
が、判明したのは残酷な事実だった。
座敷童子は、既にこの世を去っていた。それも、30年近く前に。
普通なら、そこで諦めるだろう。だが、俺様は一味違う。
すでに起きたことなら、過去を変えてしまえばいいだけのこと。
タイムマシンだ。
タイムマシンがあれば、すでに起こった出来事を書き換えることができる。
そうと決まれば、早速行動開始。
知人の研究者を頼り、最先端設備のあるスイスに渡る。
病のThe・マザーを独りにすることは心苦しかったが、
「崇高なる目的のためにこの身を捧げるのだ」と豪語すると、快く送り出してくれた。
開発の道のりは容易ではなかった。
技術的にも多くの課題があったが、何より問題だったのは、タイムトラベル時にかかる人体への負担だ。
とりわけ脳に対するダメージは著しく、記憶喪失や幻覚、妄想癖といった、統合失調症に近い症状が引き起こされることが明らかになった。
これらを解決すべく、俺様は自身の体を機械化する選択をとった。
生身の体では耐えられないダメージも、強靭なメタルボディであれば有意に軽減できる。
精神を正常に保つべく、脳科学や精神医学の本を読み漁り、週に二回精神科医のカウンセリングを受けた。
開発が軌道に乗り始めた矢先、悲劇が起きる。
The・マザーが死んだ。いや、殺されたのだ。
俺様がスイスに滞在する間、The・マザーは昔家族と訪れた思い出のペンションで療養していた。
そこに何者かが忍び込み、彼女の命を奪ったのだ。
俺様は怒りと悲しみに打ち震えたが、希望を失った訳じゃなかった。
俺様にはタイムマシンがある。どんなに悲しい過去でも、それを無かったことにしてやればいい。
同業の研究者たちは過去改変によるリスクを訴えたが、知ったことじゃない。
The・マザーが報われない世界など、俺様にとっては微塵の価値もない。
The・マザーを亡くして以降の俺様は、まさしく狂気だった。
寝食を惜しんで実験開発を繰り返す日々。日付の概念も、休息という発想も無かった。
スイスで開発を始めてから丸4年。ついにタイムマシンが完成した。
まるで扇風機のような形をしているが、超強力な風を起こすことができ、その膨大なエネルギーで時空間転移を可能とする。
俺様はこの扇風機に、『Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII』という名を授けた。
「Hyper Catastrophic World Destroyer」ってのは、小さい頃からずっと頭の中に残り続けていた謎のワードだ。恐らく、The・マザーと出会う以前に知った言葉なんだろう。
「MARK XIII」は、文字通り13番目の試作機であることを示す。
多くの反対意見・妨害工作を押しのけ、早速タイムマシンを起動した。
奇しくもその日は、俺様の37回目の誕生日であった。
目標時点は、The・マザーが殺害されたと思われる日付だ。
殺人犯の凶行を止め、世界をあるべき姿に作り変えるのだ。
◆
――計画は、失敗に終わった。
『Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII』は諸々の不確定要素を処理する能力が足りず、意図していた時点からややずれたところに飛ばされてしまったのだ。
俺様が到着した時、既にThe・マザーは殺された後だった。
すぐさま問題を修正し、再びタイムトラベルに臨む。
しかし、俺様は失敗を繰り返した。
ある時は、犯行日が大幅にずれこみ、凶行を止めることができなかった。
またある時は、一度犯行を食い止めたのに、二度目の襲撃があって、結局The・マザーを失う羽目になった。
何をどうやっても、The・マザーを救えない。
こちらは前回の失敗に学び改善を繰り返しているのに、それをあざ笑うかのように運命が捻じ曲げられる。
やがて、俺様は理解した。「世界は、The・マザーの死を欲している」のだと。
理由は恐らく、The・マザーの死がタイムマシンの開発に影響を与えているから。
The・マザーが生き永らえてしまうと、タイムマシンに関係する運命が大きくねじ曲がってしまうのだろう。
世界は、変革を嫌う。なるべく元の形を保とうとする。
世界にとって、The・マザーの死は、絶対に譲ることのできない必然なのだ。
俺様は激怒した。
こんな世界、ふざけてやがる。その方が都合がいいから、一人の人間に必ず死んでもらう?
そんなもの、許せる訳がねえだろうが!!!
怒りに震える俺様に、ある発想が降りてきた。
「こんな世界、ぶち壊してやればいい」
決意を固めたちょうどその時、机に乱雑に置かれた一つの論文が目についた。
――『世界の破壊と再生に関する考察』
それは無名の物理学者が著した抽象理論だったが、独創的で、かつ説得力のあるものだった。
曰く、世界を破壊する手段がたった一つだけあるという。
それは、「大いなる矛盾」だ。
世界は体系化された一つの「秩序」の基に成り立っている。
それが矛盾によって保てなくなる時、世界は崩壊し、矛盾を排する形で再構成されるという。
大いなる矛盾だと?
なんだ、簡単じゃないか。矛盾を引き起こす手札ならここにある。
扇風機型タイムマシン、『Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII』。
このタイムマシンは、トラベル時に、出発時点と到着時点の両方に筐体が残るよう設計されている。
すなわち、「タイムトラベルを行うと、その両端時点にタイムマシンが存在する」ことが確定する。
これを逆手に取り、「タイムマシンが存在しなくなる過去改変」を行う。
するとどうだろう。
「タイムトラベル実行時にタイムマシンの存在が確定したのに、過去改変によってタイムマシンの存在が否定される」という矛盾が発生する。
この矛盾は、世界を崩壊させるのに十分すぎるエネルギーを持つはずだ。
勿論、世界は全力で抗おうとするだろう。
一度決定したタイムマシンの存在を守るために、あらゆる手を使って「矛盾」を阻止しようとしてくるはずだ。
だが、俺様には切り札がある。それは他でもない、この俺様自身の存在だ。
タイムトラベラーとは、世界の秩序によって厄介な存在。
何故なら時間は本来一方向に流れるはずなのに、その流れに逆らい、あまつさえ運命の改変を試みるのだから。
俺様がこの世に存在し、時空を跨ぎ続けることで、世界の秩序に対して大きな負荷がかかる。
ひずみ、と表現してもいい。
とにかく、秩序の維持を脅かす力を、常にかけ続けている訳だ。
扇風機が世界に矛盾を引き起こす爆薬だとしたら、俺様こそが起爆剤。
俺様というひずみが、大いなる矛盾の発生を後押しし、世界を崩壊へと導くのだ。
新たな世界は、タイムマシンなど存在しない、かつ、The・マザーが非業の死を遂げないものとなるだろう。
俺様はこの仮説に基づく計画を『World Destroy Project』と名付けた。
計画を知るのは俺様だけ。こんなことが他の研究者に知られたら、計画中断どころの騒ぎじゃ済まないだろう。
俺様の肉体も限界に近い。タイムトラベルをして正気を保てるのも、あと数回がせいぜいだろう。
必ず、次のタイムトラベルで成功を収めないとならない。全ては、The・マザーに報いるために……。
◆
絶対に失敗できない、最後の挑戦。
俺様が目指したのは、The・マザーと俺様が初めて出会ったあの日。
場所は、出会った場所にほど近い山奥のコテージ。
The・マザーと俺様が出会うことさえなければ、タイムマシンは開発されることがない。
こんな俺様のために、彼女が人生を棒に振ることも無くなるはずだ。
……が、到着したのは2124年の7月だった。
タイムマシンの故障かと思ったが、そうではなかった。
プログラムに異常パッチが仕込まれ、正常に動作しないようになっていたのだ。俺様の計画に勘づいた何者かによる嫌がらせだろう。
プログラムの被害は大きかったが、俺様の脳内にあったデータを基に、どうにか復元に成功する。
しかし、一難去ってまた一難。直後に意識を失う。
どうやら、敵の罠は俺様の脳内にも仕組まれていたようだ。
特定の領域にアクセスすると、脳内の記憶領域を破壊していくという原始的なマルウェア。
本来ならば直ちに駆除するところだが、タイムトラベルの影響で防衛機能が正常に働かなかった。
XIII「こんなマルウェアごときに、この俺様の、偉大なる脳みそがっ……!」
その後の記憶は殆どない。
恐らく長期記憶領域がイカれ、自分が何者なのかもわからず、行き当たりばったりの行動を繰り返していたのだろう。
そして昨日、明日葉未来・力山チカ子・井間谷宗作の3人と出会った。
タイムトラベル先でまともに人と言葉を交わしたのは、これが初めてのはずだ。
本来、過去の人間に直接干渉する行為は推奨されない。どんな副次的作用を生むかわからないからだ。
彼女らと出会った瞬間、俺様は自分が精神科医であるという自覚を得たが、勿論これは事実ではない。
マルウェアに脳を侵された結果、これまでのタイムトラベルで蓄積したダメージが顕在化したらしい。
更に愚かなことに、俺様は奴らに扇風機を使わせてしまった。
生身の人間がタイムトラベルなんてしたら、ただでは済まない。
3人の言動がおかしかったのは、タイムトラベルによる脳の損傷故だろう。決して最初から狂っていた訳ではない。
とにもかくにも、俺様は今ようやく、正気に戻った。
彼らに俺様の記憶を転送したのは、いつまた異常をきたすかわからない中で、素早く情報共有を図るため。
脳への負荷を最小限にするため計画書は送っていないが、自分たちの置かれた状況について大まかに理解できたことだろう。
俺様は、彼らの平穏を壊してしまった。
3人の脳はもはや、元に戻ることはない。
放射能汚染のように、徐々に徐々に彼らの神経細胞を蝕み、やがて廃人へと誘うことだろう。
どう詫びようとも、どう償おうとも、決して許されることはない。
俺様はこれから、この世界を破壊するつもりだ。
計画の完遂のためには、是非とも彼らの協力がほしい。
なぜなら、彼らもまた、世界を破壊するための強力な起爆剤<タイムトラベラー>なのだから。
複数の時点で強烈な過去改変を試みることで、世界により大きな負荷をかけることができるはずだ。
とはいえ、決して協力を強制することはできない。
世界をぶっ壊すなんて、とんでもないと考えるのが普通だろう。
慣れ親しんだこの世界を、今まで積み重ねてきた大事な思い出を、失いたくないと思うのが自然だろう。
たとえ己が廃人化したとしても、今あるこの世界を守りたいと願うことを、どうして否定できるだろう。
彼らは自由だ。そして俺様もまた、自由だ。
今から俺様たちは意見をぶつけ合うことになるのだろう。
この世界を維持するのか、それとも、破壊するのかを巡って。
世界の命運は、俺様たち4人の決断――そしてあの扇風機にかかっている。
【最終破壊計画書】
※この計画書は他の者の脳に送信していない。必要に応じて、口頭で共有すべきだろう。
今の状況を踏まえ、計画を再考した。
以下の手順通りに事を運べば、世界を破壊できるはずだ。
なお、計画は現時点のものであり、状況に応じて変更する必要があるだろう。
<手順>
①数時間前に遡り、The・マザーの死を回避する
まず成功しないだろうが、試みるだけで世界に対する大きな負荷となる。
少しでも延命させることができれば、俺様とThe・マザーが出会った日の事を詳しく聞き出すことも出来るだろう。
②30年前に遡り、俺様とThe・マザーが共に暮らす未来を阻止する
俺様とThe・マザーが深く関わってしまったことで、タイムマシンが生まれてしまった。
空間座標を大きくずらせない以上、この山で起こった二人の出会いに干渉するしか方法は無い。
すなわち、俺様とThe・マザーが出会ったあの日の出来事を書き換えるのだ。
<注意事項>
・世界を破壊するためには、少なくとも異なる3時点で、世界に負荷をかける必要がある。
つまり俺様たちは、それぞれ別の時点に散らばる必要がある。
・度重なるタイムトラベルにより、扇風機は故障寸前の状態である。
風を起こせるのはほんの数秒程度、回数も2〜3回が限度だろう。
・同一人物の邂逅は、世界にとって大きな矛盾と判断される。
この場合、世界は該当人物の存在を抹消することで解決を図ろうとする。
何のメリットもない事態なので、絶対に避けるべきである。
・扇風機には送風モードと冷風モードがある。
前者は過去へのタイムスリップ、後者は元居た時代に戻る機能を提供している。
扇風機の状態的に、未来に戻る余裕はないと考えた方がよいだろう。
・送風モードは、出発地点からの時間差をつまみで調整することにより、行先を決定する。
たとえば、「1年と10日前」という具合である。
暦を用いて特定の日付を指定することはできない(2024年8月31日を指定する、等は不可)。
日誌から得られた情報
先ほど復元に成功した日誌によると、俺様は2126/8/31よりタイムトラベルしてきているようだ。
同時にタイムトラベルを行った者は居ない。日本に一緒にやってきた友人というのは、俺様の妄想だったらしい。
【座敷童子への質問】
あなたは座敷童子に質問をすることにしました。
以下に表示された質問をクリックすると、座敷童子からの返答を確認することができます。
質問は、最大で7つまで投げかけることができます。
⚠︎ヒント
憧れの座敷童子に出会えて、今のあなたはさぞ夢見心地なことでしょう。
しかし、夢とは儚いもの。時が経てば、当セクションはHO上から消えてしまいます。
大切な思い出を、忘れたくないと願うならば、プレイヤーであるあなた自身の心に留めてください。
それがそのまま、あなたの分身である明日葉未来の記憶となります。
残り質問回数:7回
お名前は何て言うの?
風巻カオルって言うよ。
どうしてこんなところに一人で居るの?
ここには大きな石窯があるでしょ?
それを使って、パン造りの修行をしているんだ。
ぼく、大きくなったらここでパン屋さんを開くのが夢なの。
ああ、屋根裏部屋に居るのはね、ここがぼくの秘密基地だから。
何歳?
もうすぐ9歳になるよ。
君は幽霊だったりする?
違うよ! 僕は普通の人間。
どうして幽霊だなんて思ったの?
君の周りからマイナスイオン出てない?
マイナスイオン……ああ、おばあちゃんがよく言うやつ。
あれってデタラメらしいよ。学校の先生が言ってた。
冷蔵庫にあったビスケットを食べたのは君?
そんな。ぼく、盗み食いなんてしないよ。
泊まりに来たお客さんには、迷惑かけないようにしているからね。
……まあ、滅多に来ないんだけど。
このコテージで、わたし以外の誰かと会ったりした?
うん。一昨日、女の子がやって来たよ。
ぼくが焼くパンの匂いにつられて、山道を歩いてきたんだって。
一緒にパンやビスケットを焼いて、たくさんお話をしたよ。
その子はね、海外でお仕事をするのが夢なんだって。
好きな子は居るの?
えっ。
い、居ないよ! この話はもうおしまい!
歳上のお姉さんは好き?
うーん……嫌いではない、かな。
どうしたの、お姉さん。顔が怖いよ……?
この山の事には詳しいの?
うん。麓の街に住んでるから、よく知ってるよ。
山には全部で4つの宿泊施設が建てられたんだけど、全然お客さんが来ないんだってさ。
大人たちは、「町おこし失敗だ」って悲しんでるよ。
蜃気楼事件について、何か知ってる?
何それ。聞いたこともないよ。
この山にまつわる言い伝えとか、聞いたことある?
そういえば、この山には神隠しの言い伝えがあるって聞いたことがあるかも。
ただの遭難だと思うけどね。
君も全身タイツ解放戦線に入らなイカ?
何それ……怖い。
お姉さん、もしかして、怪しい人――?
【わたしについて】
本名:明日葉未来
性別:女
年齢:20
好きな色:白
わたしの名前は明日葉未来。
小さい男の子を愛して止みません!
尊敬している人は、おばあちゃんとチカ子ちゃん。
小さい頃から変わり者と呼ばれ、友達が少なかったわたしを、おばあちゃんはよく可愛がってくれた。
3年前に飛行機事故で亡くなってしまったけど、沢山のことを教えてくれたっけ。
だから、おばあちゃんの時代に流行ったレトロなものが好きだったりする。
例えば、ワンピース。でも、今の若い子の間では流行っていない(というより、めっちゃ嫌われてる!!)から、人目を気にしてあまり着れずにいた。
そんなわたしにきっかけをくれたのがチカ子ちゃん。
(ちなみにおばあちゃんも”ちかこ”って名前なんだ。すっごい偶然だよね!!)
入学してすぐの講義――教室の一番前の席に、白いタンクトップ一枚+短パンという出で立ちで、教授の話に熱心に頷く女の子が居た。
ちょ、ちょっとラフすぎるんじゃない! しかも、まだ四月だよ!?
頭をガツンとぶん殴られたような気分だった。
彼女と話せば、何かが変わるかもしれない。そう思って、勇気を出して声をかけた。
未来「……あの、お隣いいかな?」
タンクトップのムキムキ女子はちらっとこっちを見て、こくりと頷いた。
会話を盛り上げようといくつか話題を振ったが、内容はあまり覚えてない。多分、空回りしていた気がする。
チカ子「――あんた、新入生かい? なにか困りごとがあったら、なんでも相談しな」
未来「……えっえっ、先輩!? ごめんなさい、同級生だと思って、ついタメ語で……」
チカ子「いや、楽に話してくれ。あたいらは同じ講義を受ける同志だ。先輩も後輩もないだろう。
あたいの名は――力山チカ子。チカ子、と呼んでくれ」
それが、チカ子ちゃんとの出会いだった。
次の週、勇気を出して白いワンピースを着て登校した。
キャンパスの門をくぐってから教室に入るまで、ずっと周囲の視線を感じていた。
でも、今思えば、それは自意識過剰だったんだと思う。
ドキドキしながら、最前列のチカ子ちゃんの隣に座る。
その時チカ子ちゃんがかけてくれた言葉を、わたしは決して忘れることがない。
チカ子「今日のあんた、輝いてるぜ」
チカ子ちゃんと出会って、わたしは変わった。
好きなものを好きって、はっきり言えるようになった。
チカ子ちゃんは無闇にわたしを褒めたり、お世辞を言ったりしない。
でも、それがすごく心地いい。わたしは、チカ子ちゃんが大好きだ。
【ここに来た理由】
昔、おばあちゃんから、このコテージに住み着く座敷童子の伝説を聞いたことがある。
座敷童子は絶世の美少年らしい。となれば、放っておく訳にはいかないよね!
けど、それだけじゃない。「チカ子ちゃんともっと仲良くなりたい」というのが一番の理由だ。
チカ子ちゃんは自分のことをあまり話したがらないし、一緒にどこかへ出かけても基本仏頂面だ。
時々、わたしと一緒に居て本当に楽しいのか、不安になることがある。
今回の旅で、チカ子ちゃんの本音を聞き出せたらいいな。
【ここに来る直前の記憶】
今朝のこと。
登山口でチカ子ちゃんを待っていると、何故か山の上の方からチカ子ちゃんがやってきた。
「山道の様子を確認していた」と言っていた。
チカ子ちゃんを先頭に山を登り、4時間ほどでこのコテージまでたどり着いた。
その間道が枝分かれしている箇所がいくつもあったけど、チカ子ちゃんはほとんど地図も見ずに先導してくれた。
わたしだったら絶対迷ってたと思う。チカ子ちゃんが一緒で、本当によかった。
【行動指針】
①力山チカ子と、もっと仲良くなる
②座敷童子を見つけ出し、仲良くなる
<追加された行動指針>
〇Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIに、精神異常者と診断されない
〇老婦人の死の真相を知る
〇自身が最も望む未来(世界)にたどり着く
わたしにも、何かできることはあるはず。
もし世界を破壊しようと思うなら、わたしもタイムトラベルすべきだと思う。
たまたまわたしのチョップで良くなったけど、XIIIさんは今にも壊れちゃいそうだ。
いくらサイボーグの体とはいえ、これ以上タイムトラベルをさせるべきじゃないと思う。
チカ子ちゃんや宗作さんは、強くてたくましいし、過去改変に挑むならとっても頼れそう。
でも、2人はこの世界の破壊を望んでいるのかな。
特にチカ子ちゃんはとても悩んでいるように見えるけど、何を考えているんだろう。
【知識】
①座敷童子
このコテージには、座敷童子の目撃情報がいくつかある。
座敷童子の見た目には諸説あって、年齢は5~10歳くらい。おかっぱだったという報告もあれば、坊主頭という話もある。
そして何故か、数十年に一度の周期で出現する。目撃が記録されているのは、50年前、30年前、そして2年前だ。
②蜃気楼事件
先月末、このコテージの周辺で行方不明事件が発生した。通称、蜃気楼事件。
遠足の途中で、何人かの小学生が姿を消したんだとか。
色んな噂が立っているけど、わたしは遭難事故だと思っている。無事に見つかってくれるといいけどな……。
③全身タイツ撲滅運動
若い人たちを中心に巻き起こっている、ファッション運動。
全身タイツをこの世から消し去ることを目標としていて、そのとばっちりでワンピースも装着がタブーとされた。
2124年現在、老若男女問わず、ファッションの基本はツーピース以上だ。
ちなみに今日わたしが持ってきた服は、おばあちゃん譲りの白いワンピースと、来るときに着てきた登山着の二着だけだ。
④ジェットエンジンの構造
おばあちゃんが飛行機事故に巻き込まれたことをきっかけに、大学では航空力学を専攻した。
飛行機の原動力であるジェットエンジンは、回転羽根が何層も積み重なっており、まるで巨大な扇風機のような造りになっている。
【気になること】
①力山チカ子が考えていること
急にお泊まりに誘う口実が思いつかなくて、つい「ボディガードとしてついて来てほしい」なんて言ってしまったけど、利用されてるって思われてないかな……?
それにしても、どうしてOKしてくれたんだろう。毎年、「夏休みは忙しい」と言われて断られてきたのにな。
何故か現地集合をお願いされたし、もしかしてこのコテージの近くで別の用事があったのかも??
②力山チカ子の好きな話題
チカ子ちゃんには、ファッションやおばあちゃんとの思い出話をよく話すけど、いつも反応は薄めだ。
何か、チカ子ちゃんの興味のある話題を見つけたいな。
うーん、うーん……そうだ! 好きな色とか聞いたら盛り上がるかも!?
③失くしもの
どうしよう。座敷童子くんに会いに行った時に、マスターキーを失くしちゃったかも。
さっきから周りを見回してるんだけど、見つからない。これって、弁償だよね……。
チカ子ちゃんがキーにつけてた鈴も、一緒に失くしちゃった。
一応、自室に置いていたリボンにつけてた鈴は無事だ。それを返してお詫びすべきかな。
でも、返したくないな……大事な宝物だから。
④自身の体調
このペンションに到着した辺りから、頭がぼーっとしてうまく働かない。
自分のことや、今までしていたことをよく思い出せない。
自分が自分でなくなってしまうような感じがする。
わたし、どうしちゃったんだろう。なんだか、すごく怖い。
【直近の出来事】
扇風機の一件の直後。
吹き飛ばされたものを捜すため、4人でコテージの外に出た。
周囲を一通り捜したけれど、何も見つからず。気が付くと、宗作さんは行方知れずになっていた。
暑さに負けたわたしとチカ子ちゃんは、早々にコテージに戻ることにした。
当初の目的を果たすため、座敷童子を探すことを提案する。チカ子ちゃんは快諾してくれた。
2人でコテージを隈なく探索したんだけど、残念ながら成果はなし。やっぱりただの都市伝説だったのかも。
でも、いいんだ。チカ子ちゃんと過ごせるだけでとっても楽しいもんね!
もしかすると、今が二人っきりでいられるラストチャンスかもしれない。
言いたかったこと、言わなきゃ。
未来「チカ子ちゃん、一緒に来てくれてありがとね。チカ子ちゃんが一緒で、わたしすっごく楽しいよ!」
――よし、言えた!
チカ子ちゃんは無表情に「ああ」とだけ返していたけど、わたしの想い、ちゃんと伝わったよね……?
◆
2人でしばらくコテージで待っていたんだけど、宗作さんとXIIIさんはなかなか帰ってこない。
チカ子ちゃんが「二人を捜してくる」というので、わたしはお留守番することにした。
それからすぐ、チカ子ちゃんと入れ違いで、宗作さんが戻ってきた。
なんだか興奮しているようでちょっと怖かったけど、わたしを見るとにこやかに会釈してくれた。
よかった、いつもの宗作さんだ。
宗作「座敷童子は見つかったザマス?」
未来「ううん。やっぱり、ただの噂だったのかも。宗作さんは、捜し物見つかった?」
宗作「ふふふ、これを見タマエ」
宗作さんが見せてくれたのは、黄土色をしたボロボロのハンカチだった。
コテージから少し歩いた場所に落ちていたという。
宗作「これは、小さい頃にあたくシが弟に贈ったものなんザマス」
宗作さんは、身の上話をしてくれた。
小さい頃に生き別れとなった弟さんを、ずっと捜しているのだと言う。
弟さんが居なくなった日に、このコテージの近くで不審人物の目撃情報があったのを聞きつけて、居ても立ってもいられず、やってきたらしい。
話を終えると、宗作さんは座敷童子のことを尋ねてきた。
わたしが知っていることをかいつまんで話すと、宗作さんはめちゃくちゃ真剣な顔ででうんうんと頷いていた。
宗作「座敷童子の伝説――もしかすると、弟の失踪と関わっているのかもしれない。
……なーんちゃってザマス☆」と言っていた。
言われてみると、確かにそうかもと思えてきた。
急に物騒な話になってきたな……ただの噂であってほしいけど。
宗作さんがコテージの中をもう一度探索したいと言うので、わたしは外の木陰で休むことにした。
風通しがあるから、建物内よりも木陰の方が涼しい。
一人になると、登山の疲れがどっと襲ってきて、思わずうとうとしてしまった。
◆
――夢の中。
チカ子ちゃんと一緒にパン屋さんに来ていた。優しそうな雰囲気の男の人が、店の奥でパン生地をこねている。
店の二階には、テラス席がある。
優しそうなおばあさんが紅茶をティーカップに注ぎ、わたしのおばあちゃんと仲良さげに話し始める。
チカ子ちゃんもその輪に加わり、少し離れて立つわたしに、「おーい」と呼びかけてくる――。
◆
遠くから、「おーい!」という声がする。
目を覚ますと、チカ子ちゃんがわたしを呼んでいるのがわかった。
未来「ここだよー!」
声をあげると、チカ子ちゃんは凄い速度で駆け寄ってきた。汗びっしょりだ。
わたしを見て、安心したようにほっと胸をなで下ろしている。
未来「どうしたの、そんなに慌てて」
チカ子「……いや、胸騒ぎがしてな。無事でよかった。
そうだ、未来にこれをやろう。力山家に代々伝わる、魔除けの鈴だ。災難から身を守ってくれる」
と言ってチカ子ちゃんは、金色の小さな鈴を差し出した。手の平の上で、「チリン」と涼やかな音が鳴る。
未来「いいの? 大事なものなんじゃ?」
チカ子「大したもんじゃないさ。作ろうと思えばいくらでも作れる。あたいももう一つ持ってるからな」
ということなので、ありがたくもらっておいた。頭のリボンにつけてみたけど、なかなか可愛い。
なにげに、チカ子ちゃんからのプレゼントは初めてかも。嬉しいな。
未来「ありがとう。大事にするね」
◆
XIII「デストローーーーーイ!!!」
コテージに戻るなり、絶叫が響き渡る。
XIIIさんはわたしと入れ違いで戻ってきていたらしく、キッチンの冷蔵庫の前で仁王立ちしていた。
何事だろうと思っていると、恐ろしい形相でこちらに歩み寄ってきた。
なんと、冷蔵庫に入れておいたビスケットが無くなっているらしい。わたしたちの中の誰かが食べたのだろうと疑っているみたいだ。もちろん、わたしは食べていない。
騒ぎを聞きつけた宗作さんも上から降りてきて、XIIIさんによる尋問が執り行われたんだけど、結局犯人はわからずじまいだった。
XIII「貴様らが信用できないことはよくわかった。マスターキーは俺様が預からせてもらう!」
チカ子「待ちな。あたいはあんたが一番信用できねえぜ。
マスターキーは皆で共同管理する。このよく鳴る鈴を取り付けよう。
こうすれば、誰かがキーを持ち歩いている事が音でわかる」
チカ子ちゃんは、持っていたもう一つの鈴を、マスターキーにしっかりと結びつけた。
XIIIさんは「それじゃダメだ」と食い下がっていたけど、コテージの契約者がわたしであることをチカ子ちゃんが強調すると、しぶしぶ引き下がっていた。
◆
夜ご飯は、宗作さんが作ってくれた。
チカ子ちゃんが厨房を手伝うというので、わたしとXIIIさんはリビングのソファに腰かけて待つことになった。
テレビを点けると、白い全身タイツを着たおじさんが画面に映し出された。
全身タイツ撲滅運動の特集番組らしく、全身タイツ愛好家の人たちが、運動への反対意見を述べている。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIさんもテレビに視線を向けていたけど、とてもつまらなそうにしていたので、世間話を振ってみた。
未来「XIIIさんって、生まれた時からサイボーグだったんですか?」
XIII「そんな訳ねえだろ。友人の科学者に頼んでサイボーグ化してもらったんだよ」
未来「わあ、お友達さんすごいんだ!」
XIII「ああ、自慢の親友だ。だが、日本に来てから連絡が取れなくなってな。
『大事な家族と、もう一度会うんだ』とか言っていたが、今頃どうしているんだか」
大事な家族と離れ離れ……。
宗作さんといい、XIIIさんのお友達といい、身近な人と会えない境遇の人って、案外多いのかもしれない。
そう考えると、わたしは幸せ者だ。おばあちゃんはもう居ないけど、大好きなチカ子ちゃんがいつも傍に居てくれるもんね。
そのうちに料理が運ばれてきた。
メニューは、オムレツと手作り米粉パン! コテージにあったあり合わせの材料で作ったらしい。
「オムライスは卵料理界の全身タイツザマス」って紹介に笑っちゃった。
味もとっても美味しかった! 料理が趣味なんだって。すごいなあ。
――ご飯を食べ終わった頃、宗作さんが改まった様子で切り出した。
宗作「実は、皆に相談があるザマス。
あたくシと共に、全身タイツ解放戦線を結成してくれませヌか?」
未来「その話、乗った!」
間髪入れずに、賛同する。
全身タイツ解放戦線――すごくいい響きだ。
誰もが好きな服を着れる世界を目指すんだよね、きっと。うん、なんて素晴らしい理念だろう!
未来「チカ子ちゃんも入るよね? 全身タイツ解放戦線!」
チカ子「未来がそう言うなら、名前くらいは貸してやってもいい」
未来「やった! じゃあ、XIIIさんも……」
XIII「入らねえよ! 俺様はそんなふざけたママゴトに付き合っている暇はない!!」
チカ子「ほう。人の借りたコテージでタダ飯まで食らっておいて、随分な態度だな。
さすが、自称・常識人様は言うことが違うぜ」
XIII「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!? 卑怯だぞ、力山チカ子!!
仕方ねえ。俺様も一時的に名を貸してやる。言っておくが、活動に参加するつもりはないからな!」
こうして、4人全員が全身タイツ解放戦線の一員となった。
仲間が増えたことがよほど嬉しかったのか、宗作さんは目に涙を浮かべながら、からっぽのグラスを天高く掲げた。
宗作「皆の衆――ありがとうザマス! あたくシ、今日ほど感激した日は無いザマスよ。
では、今日という日を祝して、義兄弟の誓いを。
我ら、生まれた日は違えども、全身タイツを着る時は、同じ日同じ時を願わん!!」
未来「いえーい!」
チカ子「おう」
XIII「デストローーーーーイ!!!」
かけ声はバラバラだったけど、心は一つになった感じがして、すっごく嬉しかった。
ちらりと横を見ると、チカ子ちゃんも口元が綻んでいる。
本当はチカ子ちゃんと二人きりのはずだったプチ旅行。思わぬゲストが乱入したけど、これはこれですごく楽しい。
◆
夕食の後、順番にシャワーを浴びて、遅くならないうちに消灯となった。
それぞれ割り当てられた自室に入り、眠りにつく。
けど、やっぱり暑いし、隣のXIIIさんのいびきがうるさいしで、なかなか寝付けない。
未来「座敷童子のお話、やっぱりただの都市伝説だったのかな……」
――その時、ハッとした。
コテージ内は隅々まで探したつもりだったけど、屋根裏部屋はまだ見てないはずだ。
屋根裏部屋に続く梯子は、物置にある。物置に入るためには、まずマスターキーを入手しなくちゃ。
皆が寝静まった頃を見計らって、一階に下りる。
リボンを外していてよかった。鈴をつけてたら、歩くだけで皆を起こしちゃう。
一階のリビングに到着。
試しにマスターキーを持ちあげてみたが、ほんのちょっとの振動でかなりの音が響く。
これじゃあ、物置まで持っていく途中で皆を起こしちゃうだろう。
何か方法は無いか……と考えていた時に目に飛び込んで来たのが、あの扇風機だった。
そうだ、二階のベランダから侵入しよう!
扇風機を外に設置して、ベランダ目がけてマスターキーを吹き飛ばす。
自分の部屋からベランダに出てキーを回収し、窓から物置部屋に入るのだ。
もちろん鈴は揺れてしまうけど、壁を隔てたコテージの外で鳴るだけなら、誰も起こすことはないはず。
すごい! わたし天才かも! まるで怪盗の犯行みたいじゃん!
冷静に考えると全然うまくいく気はしないけど、ものすごくやってみたい!!
という訳で扇風機を外に持ち出し、いい具合にセッティング完了。
いざ、スイッチオン! ……したのだが、風が出ない。
何度かスイッチを押したり、つまみを動かしたりしてみたけど、効果はなし。
故障かな? 仕方ない、おばあちゃん直伝のチョップの出番だ。大体の家電は、叩いてやると良くなる。
鍵をのけて、扇風機の頭をポンとチョップする。
すると次の瞬間、凄まじい風が巻き起こった!
扇風機を上から覗き込んでいたわたしの体は吹き飛ばされ、コテージの屋根材に激突!
そのまま屋根をぶち破って、屋根裏部屋にこんにちはした!!
うん、全然計算通りじゃないけど目的達成だ。万事オーライ!
未来「いったあ~……この展開は予想外だよ~」
頭から屋根に突っ込んだせいで、頭頂部がじんじんする。後でチカ子ちゃんによしよししてもらおう。
視界はほんのりと明るい。
周囲を見渡すと、そこは屋根裏部屋だった。
部屋の中心にランプが置かれていて、周囲をじんわりと照らしている。
辺りは妙に涼しく、寒気すら感じる。屋根裏部屋って普通は暑いと思うんだけど、不思議だな。マイナスイオン効果ってやつかな??
よく目を凝らすと、ランプの近くに誰かが座っていた。
幼い顔立ちの、おかっぱ頭の男の子。
あれは――
未来「座敷童子くん!?」
体を伸ばそうとするが、動かなかった。
今のわたしは、上半身が屋根裏部屋、下半身が外に飛び出ている状態。
完全に屋根材の穴に嵌っており、身動きがとれない。
座敷童子「だ、大丈夫……?」
見かねた座敷童子くんが声を掛けてくれた。優しい。あと声も可愛い。好き!
未来「穴に嵌って動けないの。這い出るのを手伝ってくれる?」
鼻息が荒くなるのを抑えて、助けを求める。
座敷童子くんが一生懸命体を引っ張ってくれたおかげで、なんとか穴から抜け出せた。
未来「ありがとー座敷童子くん! 助かったよお」
どさくさ紛れに抱きつこうとしたが、さっと避けられた。
いけないいけない、警戒されたらよくないもんね。慎重にいかなきゃ。
未来「初めまして。わたしは明日葉未来! 君を探してここまでやって来たんだ」
半信半疑だったけど、まさか本当に座敷童子くんと会えるなんて!
せっかくなら仲良くなりたい。そしてできることなら、この子を独り占めしたい。
わたしが見つけたんだし、しばらく二人きりで過ごしても文句は言われないよね……?
⚠︎あなたはロストしました。この注意書きを読み終えたら、VC「どこか遠い場所①」に移動してください。
⚠︎HO読み込み時間が終了したら、「Chpapter3」に進むボタンを押下してください。
以降は、HOの指示に従ってください。
座敷童子くんを質問攻めにしていたら、向こうからも質問された。
座敷童子「ねえお姉さん、僕からも一つ聞かせて。
どうして天井を突き破ってきたの?」
未来「それはね~、扇風機のせいなんだあ」
座敷童子「扇風機……?」
座敷童子くんが気になっているようだから、扇風機を持ってきてあげよう。
さっき大きい音を立てちゃったけど、誰の声もしないし、まだ皆すやすやだよね?
屋根裏部屋の階段を下ろして一階に降り、扇風機を持ってくる。
なぜかリビング内にあったけど、風圧の反動で建物内に入っちゃったのかな?
未来「すごい風が吹くから、吹き飛ばされないようにね」
座敷童子くんに注意を促し、最小出力で扇風機を起動する。
しかし、扇風機から吹き出したのは、心地よいそよ風だった。
よく見ると、間違えて冷風モードで起動していた。こっちは、こんなに穏やかな風なんだ。
未来「ごめんごめん、モードを間違えちゃった」と背後を振り向くと、座敷童子くんの姿がどこにもなかった。
目を離したのはほんの一瞬なのに。一体どこに隠れたんだろう。
未来「座敷童子くん、どこ行っちゃったのー!?」
立ち上がって、屋根裏部屋を歩き回る。だけど、隠れられるスペースなんてどこにも無い。
チカ子「うおおおおおおおお、未来ーーーーー!!!!」
突然下の階からチカ子ちゃんの声がしたかと思うと、瞬く間にわたしのいる屋根裏部屋までやってきた。
何故か、右肩から流血している。
チカ子「未来! 随分捜したんだぜ。どうしてこんなところに?」
未来「チカ子ちゃん、心配かけちゃってごめんね。
さっきまで座敷童子くんとお話ししてたんだけど、気づいたら居なくなってて……」
チカ子「座敷童子、だと……?」
怪我について尋ねると、「大した傷じゃないから」とはぐらかされてしまった。
それよりも、座敷童子の噂に興味があるみたい。
チカ子「あたいも座敷童子のことは気になっていたんだ。あとでゆっくり話を聞かせてくれ。
にしても、外を走ったから汗をかいたぜ。ちょっくらその扇風機で涼ませてもらっていいか?」
未来「あ、うん。XIIIさんは怒りそうだけど、どうぞ。一緒に涼もっか」
二人で扇風機を浴びていると、下の階から「デストローーーーーーーーーイ!!!」という声がしたので、チカ子ちゃんと一緒に屋根裏部屋を下りてリビングに向かった。
その途中で、さっきまでの出来事がほとんど思い出せなくなりつつあることに気が付いた。
わたし、座敷童子くんと出会ったんだよね? でも、どうやって? それまでは何してたんだっけ。
もしかしたら、全部夢だったのかな。
――ううん、そんなはずがない。わたしは確かに、座敷童子くんとお話をした。
記憶は朧げだけど、はっきりと断言できる。
証明しなきゃ、座敷童子くんの存在を。
そのためにはきっと、あの扇風機が鍵となるはずだ。皆と話し終えたら、もう一度屋根裏部屋に上ろう。
そして再び、扇風機を回すんだ。
――また、夢を見ていた。
パン屋さんに宗作さんとXIIIさんがやって来て、夢中でビスケットを頬張っている。
よほど味が気に入ったようで、店員さんをしきりに褒めちぎっている。
チカ子ちゃんは厨房の中に居た。
荷物を運ぶのに人手が足りないようで、大きな声でわたしに呼びかける。
チカ子「おーぃ……」
◆
「おーぃ……」
夢の中でしたと思った声が、現実の頭の中でも鳴り響いた。
目を覚ますと、辺りは深い森の中。そうだ。わたし、扇風機の風に飛ばされてきたんだ。
??「うーん……」
真上から人の声がしたので見上げると、宗作さんが木の枝に引っかかって気を失っているようだった。
未来「宗作さーん起きて―! 目的地に着いたよー!」
宗作「未来氏……? あらマァ、あたくシ気絶していたザマスね。まことに情けない」
宗作さんが、するすると木から降りてくる。
宗作さんはスタイルがいいから、木の降り方もどことなくスタイリッシュだ。
全身タイツ以外の服も、とっても似合うんだろうな。
宗作「あらマァ、未来氏。せっかくのおしゃれ着が土で汚れてしまっているザマスよ。
このハンカチ拾い物ですけど、お使いになるとよろし」
未来「ほんとだ。ありがとう宗作さん」
黄土色のハンカチは、いつの間にか洗濯されているようだった。
どこから出てきたのかが謎だったけど、聞いたら負けだと思って聞かないでおいた。
その時だった。
突然茂みから大きなクマが現れ、猛スピードでこちらに突進してきた。
未来「ひっ……!」
声にもならない悲鳴をあげて立ちすくむわたしの前に、宗作さんが躍り出た。
取っ組み合いになったかと思うと、クマは宙を一回転して転倒し、そのまま起き上がらなくなった。
未来「わあ、すごい! 宗作さん、強いんだ!」
宗作「この程度、忍者にとっては朝飯前。さあ、お二人を捜しに参るザマス」
宗作さんと一緒に、森の中を歩き出す。さっきまでの暑さが嘘みたいに、涼しい。
「森林のマイナスイオン効果?」とか考えていると、建物が見えてきた。
おとぎ話に出てきそうな、石造りのお家。宗作さん曰く、さっき訪れた場所で間違いないらしい。
鍵は開いていた。不思議に思って中に入ると、建物の奥から、チカ子ちゃんがヌッと現れた。
チカ子「未来、無事だったか! また離れちまってすまねえ。
忍者、礼を言わせてもらうぜ」
宗作「一緒に歩いてきただけザマスよ。時に、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は?」
チカ子「サイボーグなら奥に居るぜ。それより、大変なことが起きてる。
あんまり見せたいものじゃないんだが――心の準備をしてから上がってくれ」
ただならぬ雰囲気にどぎまぎしつつ、家の中に入る。
奥のリビングでは、XIIIさんが呆然と立ち尽くしていた。
その視線の先にあったのは――夢の中で見たおばあさん。
首に手ぬぐいを巻きつけられていて、力無くうなだれている。
チカ子ちゃんは、ばつが悪そうにわたしたちに告げた。
チカ子「残念だが、あたいらが到着した時には、既に亡くなっていた」
――どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
わからない。でも、真相を突き止めなきゃ。そうしないと何か、悪い事が起きるような気がする……。
【自問自答】
色んなことが起こりすぎて、頭が混乱してきた。
一旦落ち着いて、自分の考えを整理しよう。
やっぱり気になるのは、座敷童子くんのこと。
多分だけど、座敷童子くんは今、 に居るんだと思う。
それから、おばあさんの死について。
宗作さんはああ言ってたけど、わたしは別の真相を考えている。
おばあさんを死に至らしめたのは恐らく、 なんじゃないかな。
手ぬぐいで首を絞められていたことから、人の手によって殺されたのは間違いない。
ことから、犯人候補はかなり絞られる。
残った犯人候補の中で、 を持ち得たのは、一人しか居ないんだ。
どうしてそう言えるのかって? それは…… が教えてくれたんだ。
【筋力】
現在の筋力:50
未来を守るためには、圧倒的な筋力が必要だ。
筋力は、筋トレを行うことで成長する。
筋トレを行うと、暫くのクールタイム(休憩時間)が発生する。連続で鍛えることはできないので、要注意だ。
筋肉のコンディションは、心理状態にも左右される。
あたいの決断・選択に応じて、筋力値も変動していくことだろう。
ちなみに、筋トレしていることは皆に内緒だ。
別に恥ずかしいとかではないんだが、あたいは人知れず努力するタイプなんでな。
「能あるマッチョは、筋肉を隠す」ってやつだ。
筋トレには気合いの入ったかけ声が必要だ!!
雄叫びをあげる準備はいいか!?
※選んだ選択肢の台詞を、実際に発してください。
HO読み込み中の場合はミュートを外し、全員に聞こえるよう発声してください。
他の人が読み込み中で~とか一切気にする必要はないので、全力で叫んでください。
【絆の力】
筋肉は絆へと進化した。
今のあたいは、離れた場所に居ても未来と心を通わせられる気がする。
……ついでに、あの男たち二人とも意思疎通ができるようになったようだ。筋肉とは便利なものだな。
⇒これ以降、あなたは他3名と個別チャットが可能となります。
Discordにて専用チャットを3つ作成してください。
自身での作成ができない場合は、権限を持つプレイヤーまたはGMに作成を依頼してください。
【あたいについて】
本名:力山トオ子
性別:女
年齢:21
好きな色:赤
力山チカ子……それは偽りの名。真実の名は、力山トオ子。
「力の山から最も遠い存在」という意味だ。
力山家は、代々肉体的強さを追求してきた一族。
『力の山』とは一族の象徴であり、最も強大な力を手にした者がその頂に立てるとされている。
両親は、「力山家のしきたりに囚われず、自由に育って欲しい」という願いをこめて、あたいにトオ子という名を授けたという。
だが、その願いに反し、あたいは強大な力に憧れを抱くようになった。故に、トオ子という名はコンプレックスであり、人前ではチカ子(「力の山の頂に最も近い存在」の意)を名乗っている。
ただ己のためにのみ肉体を磨いてきたあたいだったが、最近になって変化が現れた。
明日葉未来という、大切な友人ができたのだ。
未来は同じ大学に通う、一学年下の女の子だ。
彼女が新入生の時に同学年と間違われて話しかけられ、それ以来、先輩後輩の枠組みに囚われない友人関係を築いている。
未来は少々危なっかしいところがあるが、いつも元気で明るい、太陽のような女の子だ。
未来と過ごす毎日は楽しい。筋力にばかり囚われ、友人の居なかったあたいにとって、今の生活はかけがえのないものだ。
だが同時に、迷いや悩みが生じるようになった。
一つは、「未来はあたいと居て本当に楽しいのか?」という疑問。
あたいは口がうまい方じゃないし、愛想だってよくない。きゃぴきゃぴした女子たちと一緒にいた方が、未来も楽しいのでは?と思うことが度々ある。
もう一つは、名を偽っていることへの罪悪感だ。
己のくだらないプライドのために、友人である未来に嘘をついていることに負い目を感じている。
だが、真実を話すことは、自分の弱さを晒すことに他ならない。その時、未来は失望しないだろうか。
迷いを打ち消すための方法は、鍛錬しかなかった。
日々己の体を磨き、鍛え上げる。そうして得られる仮の自信が、あたいの不甲斐ない心を支えてくれる。
目指すは、力の山の頂。全てを打ち負かす、力の頂点。
そこに到達すれば、未来をどんなことからも守ってやれる。未来もきっと、あたいを必要としてくれる。
【ここに来た理由】
未来から、護衛としての同行を求められた。
「今度、山奥のコテージに遊びに行くんだ。
でも一人旅はやっぱり不安で……チカ子ちゃん、わたしのボディガードとしてついてきてくれない?」
夏休み期間中は毎年山籠りしているから、いつも誘いを断ってきた。だが、今回未来が指定してきた場所は、山籠もり予定地の目と鼻の先だった。
一日二日修行を中断して、コテージで寝泊りしてもいいかもしれない。
何より、未来が困ってるなら手を貸してやりたい。
そう思い、二つ返事でOKした。
【ここに来る直前の記憶】
一月前より山入りし、鍛錬に勤しむ。
山入り当日、登山口で若い女性と出会い、言葉を交わした。
彼女は小学校教諭で、当日に行われる遠足会のために、山に早入りしていたそうだ。
クマの出没に気をつけるよう忠告すると、驚いたような表情をしていた。
今朝は、早朝4時に活動開始。
野営地を片した後に、未来との待ち合わせ場所である登山口に向かった。
合流時、未来は、あたいが山の上から降りてきたことを不思議そうにしていた。
毎年山籠もりをしていることは伏せているので、「山道を確認していた」と適当に誤魔化した。
間もなく登山を開始。
道中で防犯ブザーらしき器具が木に引っかかっているのを見かけたが、それ以外に異変はなかった。
この辺りには毎年来ているから、特に迷うこともなく、4時間程でコテージに到着した。
【行動指針】
①明日葉未来が、自分の事をどう思っているのかを知る
②力の山の頂に立つ(筋力ステータスを上昇させる)
<追加された行動指針>
〇Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが、明日葉未来を精神異常者と診断しない
あたいを馬鹿にするのは構わねえが、ダチを馬鹿にするのは許さねえ。
〇老婦人の死の真相を知る
〇自身が最も望む未来(世界)にたどり着く
過去に戻ってばあさん殺しの犯人と取っ組み合いするなら、必ずあたいの力が必要だろう。
だが、本当にそれでいいのか。簡単には答えを出せない……。
【知識】
①修行僧とクマの噂
この山を修行の場とするのはあたいだけじゃない。
赤い全身タイツを着た力山家の男が、この地で武芸を磨いているらしい。
山道のクリーン活動に勤しむ傍ら、野生のクマとの格闘に打ち込んでいるんだとか。
近年クマは急速に生息数を減らしているが、この山は例外だ。30年前にはクマが人を襲う事件もあったと聞く。
とは言え、クマは基本的に臆病だから、鈴を身につけていれば遭遇するリスクは低い。
②記録的な猛暑
去年の夏の暑さは、尋常ではなかった。
都心近郊では、7月~9月にかけて、90日間連続で猛暑日を記録している。
山籠もりしていたので今年の観測気温は知らないが、体感的には去年以上の暑さだ。
③山の夜空
山の夜空は美しい。
とりわけ昨晩は満点の星空で、鍛錬後に思わず見入ってしまった。
④学生運動
あたいらの通う大学では、かつて特定のファッションを弾圧しようとする学生運動が盛んだったらしい。
その反動か、今では「服装の自由」という教育指針を全面的に押し出している。
⑤未来の家族
未来のご両親は健在だが、祖母は飛行機事故で亡くしているらしい。
未来は相当なおばあちゃんっ子だったらしく、よく祖母との思い出話を聞かせてくれる。
未来の専攻は航空力学だが、もしかすると祖母の死が関係しているのかもしれない。
【気になること】
①明日葉未来の様子
今朝合流してきた時からずっと、未来があたいの方にちらちらと視線を向けてきている。
目が合うと逸らしてくるし……一体何を考えてるんだろうか。
未来が、辺りをきょろきょろと見回している。捜し物か?
頭につけたリボンも気にしている様子だが、こっちはどういう意図かわからない。
ちょっと見ない間に、未来が筋肉ムキムキになっている。
どういうことだ? 一体いつ鍛えたっていうんだ?? それとも、隠していただけで最初からムキムキだったのか???
その様を認知した瞬間、またしても激しい耳鳴りに襲われる。
究極の筋肉は、見えざる超振動により超音波を発するという。まさか、未来の筋肉はその境地まで至っているのか……?
――いや、そんなことは今はどうでもいい。
未来の顔色が悪い。表情もどこか虚ろで、心ここにあらずといった印象だ。
過度の筋トレにより、体を壊したのかもしれない。もしそうなら、話し合いなんか中断して、さっさと休ませてあげねえと。
②Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの年齢
サイボーグってのは地肌がほとんど露出してないから、年齢がわからねえな。
奴はいくつなんだろうか?
③Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの土汚れ
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの体は土埃まみれだ。
恐らく、着地に失敗して派手にすっ転んだんだろう。
よほど頑丈な作りらしく、本人は怪我ひとつ無くぴんぴんしているが。
⑤明日葉未来が以前言っていたこと
そういえば以前、未来はあたいの言葉に勇気をもらったと言っていたな。
出会って間もない頃の話らしいが、何と言ったのか覚えていない。
多分、その時の率直な印象を口にしたまでだと思うがな。あたいは、言葉を飾るのが得意じゃないし。
●別れの予感
もし、サイボーグの言うことが全て本当だとしたら。
新しく生まれ変わった世界で、あたいと未来は出会うことがないかもしれない。
あたいらは、生まれた年も、住んでいる場所もばらばら。
趣味嗜好も、歩んできた道もまるで違う。
たまたま大学の同じ講義を受けていて、たまたま未来が未来が声を掛けてくれたから親しくなれたんだ。
次も同じようになる保証はどこにもない。
むしろ、そうならないと考えるのが自然だろう。
そんなの、受け入れられねえよ。
だって、二人の今までの思い出、全部無かったことにされちゃうんだぜ?
嫌に決まってるじゃねえか。
でも、未来がそれを望んでいるなら。
たとえば新しい世界で、大好きなばあちゃんともっと一緒に居られると希望を持っているなら。
それを応援してやりたいって気持ちもある。
わからない。自分の気持ちをうまく掴むことができない。
未来……あたいは一体、どうすればいい――?
【直近の行動】
扇風機の一件の直後。
4人で外に出て吹き飛ばされた荷物を捜したが、何も見つからなかった。
それどころか、一緒に居たはずの忍者が行方知れずになる始末だった。
熱中症のリスクを感じたので、あたいと未来は一足先にコテージに帰還。
未来が「座敷童子を見つけたい」というので、2人でコテージ内を探索した。
こちらも特に成果はなかったが、未来は寧ろ、この状況を楽しんでいる様子だった。
未来「チカ子ちゃん、一緒に来てくれてありがとね。チカ子ちゃんが一緒で、わたしすっごく楽しいよ!」
チカ子「……ああ」
――今のは心の底からの言葉だろうか?
そう信じたいが、気を遣わせてしまっているような気もして、どうも素直に喜べない。
◆
しばらくコテージで待機していたが、忍者とサイボーグが一向に戻ってこない。
さすがに心配なので、未来に留守を頼んで二人を捜しに行くことにした。
チカ子「おーい! 忍者、サイボーグ、どこだー!?
早く戻ってこないと、熱中症になっちまうぜー!?」
声を張り上げながら広範囲を歩き回るが、二人は姿を見せない。
そうこうしている内に、不自然な形の石が目に留まった。
どうやら、墓石のようだ。気になったので、墓石に刻まれた文字を読んでみる。
「風巻カオル――クマに襲われ命落とす」
――そうだ、この辺りには野生のクマが出るんだったじゃないか! どうして未来を一人にしてしまったんだ!!
脳裏に、未来がクマに襲われる光景が思い浮かぶ。
チカ子「未来ーーー!!」
木々の間を全力で駆け出す。頼む、無事でいてくれ……!
叫び続けていると、未来の「ここだよー!」という声がした。
未来は、コテージ脇の木陰で休んでいた。あたいの取り乱した様子を見てきょとんとしている。
未来「どうしたの、そんなに慌てて」
チカ子「……いや、胸騒ぎがしてな。無事でよかった。
そうだ、未来にこれをやろう。力山家に代々伝わる、魔除けの鈴だ。災難から身を守ってくれる」
本当はただのクマ除けの鈴なんだが、魔除けと言った方が未来が喜ぶかなと思い、つい話を盛ってしまった。
未来「いいの? 大事なものなんじゃ?」
チカ子「大したもんじゃないさ。作ろうと思えばいくらでも作れる。あたいももう一つ持ってるからな」
未来は物珍しそうに眼をぱちくりさせていたが、「ありがとう。大事にするね」と言って受け取ってくれた。
◆
XIII「デストローーーーーイ!!!」
コテージに戻るや否や、絶叫が耳をつんざく。
サイボーグは、あたいらと入れ違いで戻ってきていたらしい。
キッチンの冷蔵庫の前でぷるぷると体を震わせている。
今度は何事だと訝しんでいると、鬼の形相でこちらに歩み寄ってきた。
曰く、冷蔵庫に入れておいたビスケットが無くなっているらしい。
あたいらの中の誰かが食べたと疑っているようだが、あたいは食べていない。勿論、未来であるはずもない。
騒ぎを聞きつけたらしい忍者が二階から降りてきて、サイボーグが全員に尋問を行う。だが、結局犯人はわからずじまいだった。
XIII「貴様らが信用できないことはよくわかった。マスターキーは俺様が預からせてもらう!」
チカ子「待ちな。あたいはあんたが一番信用できねえぜ。
マスターキーは皆で共同管理する。このよく鳴る鈴を取り付けよう。
こうすれば、誰かがキーを持ち歩いている事が音でわかる」
常備している鈴を、しっかりとキーに結びつける。
サイボーグはもっと厳重な管理を求めてきたが、コテージの契約名義が未来であることを示してやると、しぶしぶ引き下がっていた。
◆
夕食は、忍者が作ると言い出した。
信用しきれないので、あたいも厨房に立って動きを監視することにする。
料理を手伝う傍らその動きをよく観察していたが、特に怪しい動きはなかった。
それどころか、とても要領のいい動きで、感心を覚えたほどだ。
出来上がったのは、あり合わせの材料で作ったオムレツと手作り米粉パンだった。
毒見――もとい味見させてもらったが、お店顔負けの絶品だった。
チカ子「なかなかやるじゃねえか。料理は得意なのか?」
宗作「小さい頃より、自分と弟の食事を用意してきたザマスから」
複雑な家庭だったのだろうか? 気にはなったが、流石に言及するのは憚られた。
4人で食卓を囲む。
忍者が「オムレツは卵料理界の全身タイツザマス」などと冗談を飛ばし、未来はそれに笑っていた。
あたいもそれを見て嬉しくなる。この忍者、恰好こそ風変わりだが、案外悪い奴じゃないのかもしれない。
飯を食べ終わった頃、忍者が改まった様子で切り出した。
宗作「実は、皆に相談があるザマス。
あたくシと共に、全身タイツ解放戦線を結成してくれませヌか?」
未来「その話、乗った!」
訳のわからぬ提案だと思ったが、未来はすぐさま賛同を示していた。
いつものことだが、この子はノリが良すぎる。
未来「チカ子ちゃんも入るよね? 全身タイツ解放戦線!」
と、きらきらした目で訴えかけられたら、無下に断ることもできない。
やれやれ。たまには悪ふざけに興じるのもいいか。
チカ子「未来がそう言うなら、名前くらいは貸してやってもいい」
未来「やった! じゃあ、XIIIさんも……」
XIII「入らねえよ! 俺様はそんなふざけたママゴトに付き合っている暇はない!!」
チカ子「――ほう。人の借りたコテージでタダ飯まで食らっておいて、随分な態度だな。
さすが、自称・常識人様は言うことが違うぜ」
XIII「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!? 卑怯だぞ、力山チカ子!!
仕方ねえ。俺様も一時的に名を貸してやる。言っておくが、活動に参加するつもりはないからな!」
してやったり。だんだんこのサイボーグの扱い方がわかってきたような気がするぜ。
忍者は、仲間が増えたことが随分嬉しかったらしい。感極まった様子で、からっぽのグラスを高く掲げた。
宗作「皆の衆――ありがとうザマス! あたくシ、今日ほど感激した日は無いザマスよ。
では、今日という日を祝して、義兄弟の誓いを。
我ら、生まれた日は違えども、全身タイツを着る時は、同じ日同じ時を願わん!!」
未来「いえーい!」
チカ子「おう」
XIII「デストローーーーーイ!!!」
てんでバラバラのかけ声。シュールな光景に、思わず吹き出しそうになった。
隣の未来は、にこにこと笑みを浮かべている。あたいと二人で居る時よりも、ずっと楽しそうだ。
さっさと追い出すべきか迷っていたが、この闖入者(ちんにゅうしゃ)どものおかげで宿泊が賑やかになったのも事実だ。
あたいは、こいつらに感謝すべきなのかもしれない。
◆
夕食後、順番にシャワーを浴びた。
あまり遅くならないうちに消灯となり、それぞれ自室で床につく。
ベッドに入った直後に、誰かが階段を下りる音がした。
数分も経たないうちに、今度は上ってくる音がする。誰かがお手洗いにでも行ったのだろう。
その間に、どこからともなく陽気な念仏が聞こえ始めた。うるせえ……。騒音のせいか、耳鳴りもする。
音のする方向的に、サイボーグの部屋からか? 寝ても覚めてもやかましいとは……救いようがねえ奴だ。
騒音と熱気に苛まれながら、今後のことを考える。
明日、未来と別れたら、また山籠もりに戻ろうか。だが、未来は一緒に街へ帰ろうと言うだろう。その時、なんて言おうか。
なんてことを考えていたら、今度はベランダの方から物音がした。
気になってベランダに顔を出すと、忍者のやつが物干しざおに何かを干している。
小さな布切れだ――……パンツか? 何故こんな時間に洗濯しているんだろうか?
忍者は空を見上げながら、何かを呟いていた。
宗作「…ビスケ……おくれ……けだす……」
小さい声だったので、よく聞き取れなかった。そして、あたいには気づかずそのまま自室に戻っていった。
あたいも夜空を見上げる。昨日と同じ、満天の星空だった。
今晩から天気が崩れると聞いていたが、予報が外れたらしい。これなら安全に下山できそうだ。
再びベッドに入り、また別のことを考え始める。
突然やってきた闖入者二人組。未来は歓迎しているが、正直、あたいはまだ完全に信用しきった訳じゃない。奴らは一体、何者なんだろうか。
そんなことを考えながら、やがて深い眠りに落ちていった。
まさか、この身一つで空を飛ぶ日がやってくるなんてな。
あたいの体が雲の合間を駆け抜けていく。
並走する鳥たちは、あたいを仲間だと思ってくれているのか、「クワックワッ」とかまびすしく鳴く。
なかなか悪くない気分だ。
やがて勢いは緩み、地上に着地した。
ひどい耳鳴りとめまいがする。気圧差で三半規管がやられたか? あたいとしたことが……。
周囲を見渡すと、着地点のすぐそばに、古ぼけた看板がポツンと立っていた。
看板「この先、力の山の頂」
何!? こんなところに力の山の頂が!? というか、実在したのか!?
看板は、とても登山道とは思えない小道の方を指し示していた。
明らかに怪しい。だが、往く。これは、千載一遇のチャンスだ。
しばらく歩くと、視界が開けた。
そこにあったのはレンガ造りの家屋。そして、全身筋肉ダルマのムキムキ美少女(?)の姿だった。
あれはまさか……力の山の精霊か!?
あたいが恐れおののいていると、少女らしき何かが語りかけてきた。
??「まあ! お姉さん、お空を飛べるんですか?」
チカ子「――いや、自力で飛んだ訳じゃない。
扇風機の風に乗ってここまで吹き飛ばされてきただけさ。
あたいの名は、力山トオ子。失礼を承知で聞くが、あんたは一体何者だ?」
??「私は、しのぶって言います。この山に遊びに来た、普通の女の子ですよ」
なんだ、精霊じゃないのか。
畏れのあまり本名を名乗ってしまったが、ただのガタイのいいお嬢ちゃんらしい。
チカ子「そうか。ならいいんだ。
ところで、この辺りで白いワンピースを着た女の子を見なかったか?
あたいの友人なんだが、うっかりはぐれちまったんだ」
しのぶ「白いワンピースの子とは、先ほどお会いしましたよ!
少しお話しただけですが、すぐに仲良くなりました」
チカ子「何!? その子は今どこに!?」
しのぶ「東にある山荘にお泊まりすると言っていましたよ」
東にある山荘?
あたいらのコテージは、ここから北方向のはずだが……。
未来が方角を言い間違えたんだろうか? それとも、本当に東へと向かったのか?
しのぶ「お姉さんはどちらにお泊まりされるんですか?」
チカ子「北のコテージだ。それがどうしたか?」
??「本当ですか! 実は、北のコテージに私のお友達がいるんです」
チカ子「お友達? 未来――白いワンピースの子とは別の子か?」
しのぶ「はい、別の子です。お料理が得意な男の子です。
もし出会えたら、私がこの場所に居るよって伝えてもらってもいいでしょうか」
ふと、未来の話を思い出す。
このお嬢ちゃんが話しているのは、例の座敷童子ってやつなのかもしれない。
チカ子「わかった。コテージに戻ったら、お嬢ちゃんのお友達が居ないか、もう一度よく捜してみるよ」
お嬢ちゃんにお礼を告げ、踵を返したその瞬間。
妙な声が頭の中に響き渡った。
???「汝、守りたいものあらば、力の山の頂きに立たん。
ただし、その脚では頂に至らず。強き風だけが汝を助くべし」
振り向くと、お嬢ちゃんの姿はなかった。
チカ子「今のは、一体――?」
あたいの守りたいものといえば、それは勿論未来だ。
『強き風』というのは、あの扇風機の事か?
つまり、「扇風機の風に乗って力の山の頂に立てば、未来を守れる」ってことか。
だとしたら、急がば回れだ。一度コテージに戻り、扇風機を借りてこよう。
踵を返し、出発地点へと歩いていく。
体感一時間ほどで、元居たコテージに到着。
……したつもりだったのだが、そこにあったのは巨大なピラミッドだった!!
何故、こんなところにピラミッドが? どこかで道を間違えたか?
まあいい。とりあえず中に入ろう。もうくたくただ。
入口が見当たらなかったので全力で壁にタックルすると、「バリイィィィン」という大きな音を立ててピラミッドの壁面が崩落した。
内部は、あたいらが泊まっていたコテージそのものだった。足元を見ると、ガラス片が飛び散っている。
どうやら、あたいがぶち破ったのは窓ガラスだったらしい。右肩の傷口から、熱い血が流れ出している。
チカ子「一体、何がどうなってやがる……?」
混乱のあまり呆然としていると、頭上から「どこ行っちゃったのー!?」という声がした。未来の声だ。
チカ子「うおおおおおお、未来ーーー!!!」
声がした方に全力ダッシュ。
二階の物置部屋から梯子を昇った先。屋根裏部屋に、未来は一人佇んでいた。
その背後では、例の扇風機が静かに稼働している。冷風モードで起動しているらしい。
チカ子「未来! 随分捜したんだぜ。どうしてこんなところに?」
未来「チカ子ちゃん、心配かけちゃってごめんね。
さっきまで座敷童子くんとお話ししてたんだけど、気づいたら居なくなってて……」
チカ子「座敷童子、だと……?」
やはり実在したのか? 冗談を言っているようには聞こえない。
未来「チカ子ちゃん、その怪我――」
チカ子「大した傷じゃないから、気にするな。
それより、あたいも座敷童子のことは気になっていたんだ。あとでゆっくり話を聞かせてくれ」
未来は心配そうにこちらを見つめていたが、「ピラミッドだと思って窓ガラスに体当たりした」なんて説明しても、混乱させるだけに違いない。
チカ子「にしても、外を走ったから汗をかいたぜ。ちょっくらその扇風機で涼ませてもらっていいか?」
未来「あ、うん。XIIIさんは怒りそうだけど、どうぞ。一緒に涼もっか」
冷却モードの風は人を吹き飛ばすようなこともなく、寧ろ心地よいものだった。
いつの間にか、めもいも耳鳴りも鎮まっている。さっきまでの不調は何だったんだろうか。
2人で暫く涼んでいると、下の階から「デストローーーーーーーーーイ!!!」という声がしたので、未来と一緒に屋根裏部屋を下りてリビングに向かった。
二回目の空の旅。もはや慣れたもんだ。
体勢をさまざま試して、最も飛行に適したポーズを探る余裕すらある。
チカ子「よっと。着地も安定してきたな」
着地点の目の前には、石造りの建物があった。
先ほどにも増して風が冷たく感じる。体が冷えたんだろうか?
すぐに未来が降ってくるだろうと思いしばらくそこに留まっていたが、誰もやってこない。
もしかして、途中で追い越されたか? あるいは着地点がずれたか?
だとしたら一大事だ。未来が地面に激突しているかもしれない。
大慌てで、周囲を走り回る。
すると、奥の部屋の明かりが灯っていることに気が付いた。
中に誰か居る。忍者の話によると、ここにいるのは確か……。
と考えを巡らしていると、視界の隅を何かが横切った。
白い人影――もしかして、未来か?
チカ子「おーい! 未来ー!」
大声で呼びかけたが、反応がない。
人違いか? いや、あの後ろ姿は間違いなく――。
チカ子「未来、あたいだ! チカ子だぜー!!」
追い縋ろうと走るが、向こうの足が速く、距離が縮まらない。
気が付くと、白い人影は視界から消え去っていた。まるで、蜃気楼でも見たかのような気分だ……。
正体不明のものに執着しても仕方がない。このペンションの利用者に話を聞こう。
と、踵を返したその時、「デストローーーーーーーイ!!!!」という、もはや聞き慣れたやかましい叫びが辺りに轟いた。奴には沈黙という概念が無いらしい。
コテージの玄関の方まで歩いていく。そこには、全身砂まみれのサイボーグがぼーっと突っ立っていた。
チカ子「そこで何してんだ、サイボーグ」
XIII「なんだてめえか、驚かせやがって。
見ての通り、誰かいないかと思い戸を叩いてみたんだが、返事がねえ。どうやら、無人のようだな」
チカ子「そうなのか? あたいは裏から回り込んで来たんだが、奥の部屋の明かりがついていたぜ」
とその時、周辺の地面に獣のものと思しき足跡があるのに気が付いた。
よく見ると、血のような赤黒いシミも見受けられる。
試しにドアノブに手をかけると、鍵がかかっていなかった。胸騒ぎがする。
XIII「おい! 不法侵入だぞ!?」
チカ子「お医者さんごっこの次はおまわりさんごっこか?
怖気付いたなら、そこに留まってりゃいい。あたいは中が気になるから見てくるぜ」
戸を開くと、ごく普通の民家の光景が視界に広がる。
奥の部屋には、やはり明かりが灯っていた。
あたいがおもむろに足を踏み入れると、サイボーグもすぐ後ろについてきた。
奥の部屋は、リビングだった。
ソファにテーブルにタンス……大型家具がいくつも並んでいる。
そして、ソファの上には、目を閉じたばあさんが横たわっていた。その首元には、手ぬぐいが強く巻き付けられている。
チカ子「た、大変だ!」
脈はなく、呼吸もしていなかった。
だが、まだ体温は残っている。一縷の望みにかけて心肺蘇生を試みる。
しかし、ばあさんが息を吹き返すことはなかった。蘇生を中断し、ソファの横にあった電話機で救急車と警察を呼ぶ。
あたいがそうしている間、サイボーグはただ呆然とその様子を眺めていた。どうも様子がおかしい。
チカ子「……おい、あんた大丈夫か? ショックなのはよくわかるが、気を確かにな」
XIII「あ、ああ。すまねえ。あまりのことで気が動転していた。救急車を呼ぶべきだな」
チカ子「もう呼んだよ。到着まで一時間かかるそうだ。あんた、少し休んだ方がいい」
現場は、棚やタンスが乱雑に開けられ、散らかっていた。
また、部屋の窓が開いていたことも気にかかる。殺人だとしたら、犯人は窓から逃げ出したのかもしれない。
サイボーグをリビングに残し、戸が開いていた向かいの部屋に向かう。
そこは寝室だった。
シングルベッドには温もりが残されており、ついさっきまで誰かが使っていたことが窺える。
仄かに、甘い香りが鼻をついた。この匂い、嗅ぎ覚えがあるような。
そうだ、未来の使うシャンプーの匂いによく似ている――いや、馬鹿な。そんはなずはない。
その時、玄関の戸が叩かれた。もしかして、未来か!?
「未来たちかもしれない。見てくる」とリビングのサイボーグに告げ、急ぎ玄関に向かう。
戸を開くと、期待した通り、そこには未来と忍者の姿があった。
チカ子「未来、無事だったか! また離れちまってすまねえ。
忍者、礼を言わせてもらうぜ」
宗作「一緒に歩いてきただけザマスよ。時に、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は?」
チカ子「サイボーグなら奥に居るぜ。それより、大変なことが起きてる。
あんまり見せたいものじゃないんだが――心の準備をしてから上がってくれ」
遺体を未来に見せることに抵抗はあるが、隠してどうにかなるものでもない。
2人をリビングに通す。ばあさんの遺体を前にして、それぞれ大きなショックを受けているようだった。
チカ子「残念だが、あたいらが到着した時には、既に亡くなっていた」
皆、突然のことで困惑しているだろう。
ここは強者たるあたいが、皆をしっかり支えてやらなくては……。
【自問自答】
色々いっぺんに起こりすぎて、頭が混乱してきた。
ここは一旦落ち着いて、自分の考えを整理しよう。
この旅の中でずっとあたいが気にしてきたこと。
それは、未来があたいのことをどう思っているのか。
こんな非常事態に不謹慎かもしれないが、今あたいの頭の中を最も占めている疑問がそれだ。
未来はきっと、あたいのことを だと思っている。
けど、それはあくまであたいの思い込み。本当のことは未来本人にしかわからない。
だから、直接訊こう。
ずっと勇気が出なかったけど、今なら訊ける気がする。未来も、正直な気持ちを話してくれる気がする。
……それから、ばあさんの死について。
忍者はああ言っていたが、あたいは別の真相を考えている。
ばあさんを死に至らしめたのは恐らく、 なんじゃねえかな。
手ぬぐいで首を絞められていたことから、人の手によって殺されたのは間違いない。
ことから、犯人候補はかなり絞られる。
残った犯人候補の中で、 を持ち得たのは、一人しか居ねえんだ。
勿論、この結論を出したのは根拠がある。
その一つは、 だ。
【あたくシについて】
本名:井間谷宗作
性別:男
年齢:36
好きな色:青
全身タイツ撲滅運動。
この世から全身タイツを撲滅せんとする、超過激ムーブメント。
その創始者こそ、何を隠そうこのあたくシ。井間谷宗作ザマス。
15年前、それまでニッチな需要しかなかった全身タイツが、一躍超人気ファッションへと昇りつめた。
きっかけは日曜ヒーロー番組、『忍者戦隊タイツマンズ』。
全身タイツを身に着けた忍者たちが、汚職にまみれた国家の転覆を目指す、よくあるヒーローものザマス。
初回放送は2094年の7月ザマスが、人気に火が付いたのは2109年の再放送時のこと。
とあるファッションインフルエンサーが「彼らのファッションいけてね?」と発信したことで、人気が爆発。
中年女性を中心に、全身タイツを来て路上を練り歩く集団が全国各地で大量発生。
通称、「タイツ族」ザマス。
普通の人にとっては、なんてことのない一過性の流行。
でも、あたくシにとっては一大事だったザマス。
あたくシには、生き別れの弟が居る。
30年前の8月31日(2094/8/31)、隣町に二人で出かけた帰り道――ほんの一瞬目を離した隙に、弟は姿を消してしまった。
以来30年間、必死で弟を捜し続けているが、未だにその行方は知れヌ。
弟の名は、飛助(とびすけ)。『タイツマンズ』の大ファンで、素直で兄思いの子だった。
あたくシと弟は、ちょうど一歳差。生きていれば、今年で35歳のはずザマス。
弟を捜し当てるためには、その道のプロになるべし。
という訳で、 学業を修める傍ら探偵業を始めた。
特に難事件を解決した覚えはないが、界隈では名探偵と名高いらしい。
全身タイツを着始めたのは、ちょうどその頃から。
『タイツマンズ』の一員・ダートマンを意識しての恰好ザマス。
ダートマンは変装とだまし討ちの達人で、弟の大のお気に入りキャラ。
ダートマンっぽく振舞っていれば、弟が気が付いて寄ってきてくれるかもしれないと思った訳ザマスね。
ところが、そんな折に全身タイツが大ブームに。
全身タイツの人間が珍しくなくなれば、弟へのメッセージも意味を無くしてしまうではありませヌか!
事態を打開すべく、全身タイツ撲滅運動を開始した。
初めは半ばジョークのようだったものだったが、若年層の親世代に対する反抗心と結びつき、あれよあれよという間に運動は加熱。
やがて統制が利かなくなり、攻撃範囲も拡大していく。
サンダル、タンクトップ、果てはワンピースまで……中高年が好むファッション全般が標的となった。
あたくシは表舞台に立つことは拒んだのだが、一部の熱心な活動家からは「創始者」「教祖」「神」と崇め奉られ、最盛期には何故かあたくシが指名手配される有様だった。
あたくシが臨んだのは、こんなことじゃない。
創始者として、なんとしてでもこの運動を終息させなくては。
そのためには、大義名分の獲得と、次世代のファッションリーダーが必要。
大義名分の獲得とはつまり、弟・飛助を発見すること。当初の目的が果たされたと示せば、運動の勢いも下火になるはず。
路頭に迷うであろう元信者を導くためには、「自由なファッション」を掲げる新たな指導者もまた、不可欠ザマスね。
幸運にも、あたくシは今、その両方を掴むチャンスに恵まれている。
つい先日、弟の足取りに関する重大な情報を入手した。今度こそ、弟の行方を掴めるかもしれヌ。
そして今日この場で、素晴らしい人格と、素敵なファッションセンスを併せ持った友人に巡り合った。
彼女たちにあたくシの思いを伝えたら、心強い味方になってくれるかもしれない。
今こそ、取り戻すのザマス。
かけがえのない家族と、何物にも縛られない自由な世界を。
【ここに来た理由】
つい最近、有力な目撃情報が得られた。
弟が消えた日の翌日(2094/9/1)。このコテージのすぐ近くで、幼い男の子が、白い服を着た謎の女性に手を引かれていたという。
早速コテージの予約を取ろうとしたものの、生憎直近で都合がつく日の予約が埋まっていた。が、それでも居ても立ってもいられず、現場へと足を運んでしまった。
ようやく掴んだ足掛かり。なんとしてでも、弟の行方を特定したいザマス。
【ここに来る直前の記憶】
早朝から山を登り始め、昼前にコテージの前に到着。
建物周囲では、目ぼしい発見はなかったザマス。
気温が高くなるにつれ熱中症の危険を感じたので、コテージの戸を叩くも反応がない。
玄関の鍵が開いていたので、良くないとは思いつつも中にお邪魔しちゃったザマス。
中は無人だったので、建物内を調べ回る。残念ながら、こちらも収穫はなし。
そのうちに玄関の方から声がし始めたので、コテージを予約しているお客だろうと思って階段を下りて行ったザマス。
【行動指針】
①弟・飛助の行方(生死)を突き止める
②全身タイツの素晴らしさを知らしめる
<追加された行動指針>
〇Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIが、明日葉未来を精神異常者と診断しない
あたくシはどう思われようと構わないけれど、盟友である未来氏を異常者だとは思われたくないザマス。
〇この場に居る者が犯人ではないという旨の推理発表を行い、他3名の支持を得る
大義を果たすために、あたくシは捕まってはいけない。
でもそれと同じくらい――いやそれ以上に、あたくシを受け入れてくれた仲間たちに濡れ衣は着せたくないザマス。
うまく議論を誘導し、皆の目を真実から逸らさなくては。
〇自身が最も望む未来(世界)にたどり着く
過去に戻って飛助の運命を変えられるとしたら、当時の状況を知っているあたくシだけであろう。
世界を破壊したいと願うなら、あたくシは必ず過去に渡るべきザマスね……。
【知識】
①井間谷家について
井間谷家はこの山の麓の街に住居を構えていた。
弟が生まれて間もなく母は失踪したため、父とあたくシ、そして弟・飛助の3人で暮らしてきたザマス。
しかし父は飲んだくれで、幼い兄弟に暴力を振るうようなろくでなしであった。
そのため、物心ついた頃から兄弟二人で家事を分担し、支え合って生きてきたザマス。
②ダートマンの流儀
多くの戦隊ヒーローは衣装の色が固定されているが、ダートマンは一味違う!
普段は黄土色タイツを着ているが、ここぞという場面で衣装替えし、敵や視聴者を魅了するのザマス。
<ダートマンの勝負タイツ一覧>
1~3話:襲撃! 首相官邸焼き討ち編! ➡赤タイツ
4~6話:潜入! 国連事務総長暗殺編! ➡白タイツ
7~9話:消滅! 異国の街に時限爆弾設置編! ➡緑タイツ
10~12話:分裂! ダートマン無限増殖編! ➡紫タイツ
③30年前の連続誘拐事件
30年前、あたくシの街では誘拐事件が頻発していた。
ターゲットとなるのは小学校入学前の幼い男の子ばかりで、犯人は女であると言われていたザマス。
行方不明になった子供は全部で4人で、そのいずれもが戻ってきていない。
弟・飛助は最後の犠牲者と目されており、以降新たな犯行は確認されていないザマス。
④蜃気楼事件
先月、このコテージの周辺で行方不明事件が発生した。
遠足の途中で、数人の小学生が姿を消したという――通称、”蜃気楼事件”。
30年前の誘拐事件を彷彿とさせるザマス。まさかと思うが、以前の犯人が再び凶行に及んだ可能性も……?
【気になること】
①明日葉未来のファッション
未来氏は、白いワンピースを身に着けている。
よくお似合いだが、全身タイツ撲滅運動の影響で、今どきの女性は殆どワンピースを着ないはずザマス。
世間の風潮に流されず、自分の好きな服を着ているのだろう。とっても素敵ザマス!
②力山チカ子のファッション
チカ子氏は、飾り気のない黄緑色のタンクトップを身に着けている。
恐らく、機能性重視なのだろう。
周囲の目など気にせず、己の道を貫くスタイル――とっても素敵ザマス!
③Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの出で立ち
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は、ファッションという概念を超越しているように見えるザマス。
でも、金属の重厚感や光沢感は見とれるほどに美しい。とっても素敵ザマス!
④力山チカ子の流血
チカ子氏が、右肩から血を流しているザマス。一体どこで怪我をしたのザマス?
本人はなんでもなさそうにしているけれど、すごく心配ザマス。
⑤邪神の手先
不意に、邪な考えがよぎる。
邪神の崇拝者が一人とは考えづらい。
こんな想像したくないザマスが、この中に彼奴等の仲間が居るかもしれヌ。
ならば、聖衣を着てみせよう。あたくシの聖なる姿が盟友の結束を強め、敵の欺瞞を暴くべし。
⑥タイツマンズの親玉
今思い出した。
『忍者戦隊タイツマンズ』には、裏で手を引く親玉が居たのだ。
その名は、『Hyper Catastrophic World Destroyer』。
大物っぽいのに第一話の冒頭にしか出てこない、藻の姿をした怪物系男子だ。
【直近の記憶】
扇風機の一件の後。
吹き飛ばされたものを捜すため、4人でコテージの外に出た。
と言っても、あたくシのお目当ては自分の荷物ではなく、弟に繋がる手がかり。
皆からこっそり離れて、単独で探索を開始する。
初めに目に付いたのは、クマ出没注意の看板。もし飛助がクマに襲われていたらと考えるとゾッとしたが、悪い事ばかり考えても仕方ないザマス。スルーして探索を続ける。
コテージ周辺を隈なく歩き回っていると、擦り切れた黄土色のハンカチを発見した。
間違いない。これは、幼い頃、あたくシが弟に贈ったものザマス。失踪当日も、持ち歩いていたはず。
確かに、弟はここを訪れていた。予感が確信に変わる。
もしかすると、この地は誘拐犯の潜伏場所だったのかもしれない。
そう考え、一度コテージに戻ることにした。
コテージは、未来氏一人だった。笑顔で会釈をすると、同じ仕草を返してくれた。
彼女は、先ほどまで室内で座敷童子探しをしていたという。
宗作「座敷童子は見つかったザマス?」
未来「ううん。やっぱり、ただの噂だったのかも。宗作さんは、捜し物見つかった?」
あまり自分語りをしたくはないが、厚意でコテージを使わせてもらってる身ザマス。
彼女には、自分の目的をある程度話すべきだろう。そう思い、さっき見つかったハンカチを見せてやった。
宗作「ふふふ、これを見タマエ。
これは、小さい頃にあたくシが弟に贈ったものなんザマス」
弟と幼い頃生き別れになった事を話すと、未来氏は真剣に耳を貸してくれた。
話し終えたタイミングで、ふと座敷童子伝説のことが気になり、未来氏に尋ねてみた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<未来から聞いた、座敷童子の情報>
・座敷童子の見た目は5~10歳くらい。男の子で、洋服を着ている。
・目撃情報は毎年上がっている訳ではなく、断続的である。弟が居なくなった30年前の夏にも、目撃情報がある。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「座敷童子の伝説――もしかすると、弟の失踪と関わっているのかもしれない」と呟くと、未来氏は悲しそうな顔をした。
おっと、いけない。乙女の夢を無闇に壊してはならぬ。最後に「なーんちゃってザマス☆」とつけて、冗談めかしておいた。
未来氏に許可をとり、もう一度コテージ内をしっかりと探索させてもらうことにした。
すると、先の調査では気がつかなった違和感に直面する。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
<宗作の気づいた違和感>
・キッチンのゴミ箱に、開けられて間もない非常食の缶詰が捨てられていた。
・ベランダの物干し竿に、タオルが干されていた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
おかしい。昨日までは一か月以上予約がなかったはずザマス。なのに、明らかに人が生活した痕跡がある。
やはり、ここを根城にする何者かが居るのでは? そう思い至った時、屋根裏部屋をまだ見ていないことに気が付いた。
物置部屋の天井から梯子を下ろし、屋根裏部屋に上がる。埃っぽく蒸し暑い空気が頬を撫でる。
期待に胸を膨らませつつ探索を行うが、何も見つからない。座敷童子らしき人物はおろか、人が生活した痕跡すらも。
XIII「デストローーーーーイ!!!」
がっかりして梯子を下りてきたところで、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏の絶叫が階下から聞こえた。
一階に降りると、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏が、玄関先で女性二人に詰め寄っているではなイカ。
事情を尋ねるに、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏が冷蔵庫にしまっておいたビスケットが無くなったのだという。あたくシ達の中の誰かが食べたと疑っているようだ。もちろん、あたくシは口にしていないザマス。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏による厳しい尋問が行われたが、結局誰が食べたのかはわからなかった。
XIII「貴様らが信用できないことはよくわかった。マスターキーは俺様が預からせてもらう!」
チカ子「待ちな。あたいはあんたが一番信用できねえぜ。
マスターキーは皆で共同管理する。このよく鳴る鈴を取り付けよう。
こうすれば、誰かがキーを持ち歩いている事が音でわかる」
チカ子氏がキーに鈴を取り付ける。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏はその措置に納得いかないようだったが、コテージの契約名義が未来氏であることを告げられると、しぶしぶ引き下がっていた。
◆
夕食は、あたくシが用意することを申し出た。
チカ子氏が手伝ってくれると言うので、二人で厨房に立つ。
料理中、チカ子氏はあたくシに警戒の視線を向けていたが、出来た料理を味見してもらうと、その表情が綻んだ。
チカ子「なかなかやるじゃねえか。料理は得意なのか?」
宗作「小さい頃より、自分と弟の食事を用意してきたザマスから」
チカ子氏はそれ以上何も聞かなかった。
気を遣わせてしまったかもしれない。申し訳ない。厚意に甘んじている身なのだから、せめて皆を楽しませてやらねば。
今晩のメニューは、オムレツと石窯で焼いた手作り米粉パン。弟が好んでいたから、洋食は特に得意ザマス。
料理を配膳し、4人で食卓を囲む。Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は黙々と食事を口に運んでいたが、未来氏は大いに喜んでくれた。
「オムライスは卵料理界の全身タイツザマス」というジョークにも笑ってくれ、会話が弾んだ。
皆が食事を終えた頃、思い切って切り出した。
宗作「実は、皆に相談があるザマス。
あたくシと共に、全身タイツ解放戦線を結成してくれませヌか?」
未来「その話、乗った!」
まさかの即答。
きっと呆れられると思っていたのに。だって、あたくシは全身タイツ。
一目見るなり通報したくなる見てくれなのに、彼女は何も訊かずにあたくシを信用してくれた。
未来「チカ子ちゃんも入るよね? 全身タイツ解放戦線!」
チカ子「未来がそう言うなら、名前くらいは貸してやってもいい」
未来「やった! じゃあ、XIIIさんも……」
XIII「入らねえよ! 俺様はそんなふざけたママゴトに付き合っている暇はない!!」
チカ子「――ほう。人の借りたコテージでタダ飯まで食らっておいて、随分な態度だな。
さすが、自称・常識人様は言うことが違うぜ」
XIII「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!? 卑怯だぞ、力山チカ子!!
仕方ねえ。俺様も一時的に名を貸してやる。言っておくが、活動に参加するつもりはないからな!」
放心している間に、全員が戦線への加入を表明してくれていた。
瞳から涙がこぼれる。ずっと孤独に戦ってきた。けれど、今日この日、初めて真の同志を得たのだ。
宗作「皆の衆――ありがとうザマス! あたくシ、今日ほど感激した日は無いザマスよ。
では、今日という日を祝して、義兄弟の誓いを。
我ら、生まれた日は違えども、全身タイツを着る時は、同じ日同じ時を願わん!!」
未来「いえーい!」
チカ子「おう」
XIII「デストローーーーーイ!!!」
かけ声はバラバラ。しかし、あたくシ達の心は一つだったように思われた。今なら、なんでもできる気がする。
ありがたい。是非とも、彼女たちの善意に報いたい。
「弟を見つけ出す」という目的に、もう一つ意味が加わったように感じられた。
◆
夕食後、順番にシャワーを浴びる。
あまり遅くならないうちに消灯となり、皆で一斉に自室に入ったザマス。
さあ眠ろうという間際で、日中拾ったハンカチのことが頭をよぎった。
いつか弟と再会した時、きれいな状態で手渡してやりたい。そう思い、洗濯することにした。
一階に下り、洗面所で手洗いする。
土汚れを落とすのに苦労するだろうと思われたが、案外手洗いだけで十分きれいになった。
自室に戻り、ベランダの物干しざおにハンカチを干す。
見上げると、星空がうっとりするほど美しかった。
宗作「飛助、待っていておくれ。必ず見つけ出すザマスよ」
その後床についたのだが、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏のいびきがまあ、とてつもなくうるさい。
蒸し暑さも相まって、明け方までほとんど寝付けなかった。
そういえば、途中で一度鈴が鳴る音を微かに聞いたような。
誰かがマスターキーに触れたのかもしれないザマスねえ。
風があたくシの体を運んでいく。凄まじい摩擦で、今にもタイツが擦り切れそうザマス。
ま、まずい! もしはだけた姿で上空を漂っているところが知られたら、ファッションインフルエンサーとしての名声もガタ落ち!
"破廉恥クソ忍者"として、SNSで叩かれまくること必至ザマス。
宗作「いやあああぁぁぁぁん見ないでえぇぇぇぇぇ」
と、その時。電撃が走った。
かつてこの世界は、恐るべき邪神の軍団に支配されていた。
人々の希望を託されたのは。若き四人の戦士。
聖なる衣をまとった彼らは、見事邪神を打ち倒し、世に太平をもたらしたという。
その聖なる衣こそ、全身タイツ。
人々が全身タイツを脱ぎ去った今、再び邪神の力は高まっている。
しかるに、一刻も早い全身タイツの解放が望まれるのザマス――。
やがて風は凪ぎ、あたくシは地上にふわりと降り立った。
眼前には、石造りの立派な建物。辺りは聖なる風に包まれており、涼やかささえ感じる。
庭先には気品ある初老のご婦人がおり、あたくシの方をじっと見つめていた。
あの方は、神の遣いだろうか?
頭を下げてご挨拶すると、老婦人もまた頭を下げてくれた。
宗作「こんにちは。こう見えて、あたくシは決して怪しい者ではないザマス」
老婦人「怪しんでなんかおりませんよ。空から人が降ってくるなんて、そう珍しくもありませんから。
もしかして、人をお捜しですか?」
なんと、全てお見通しか!
やはりこのお方は神の遣い。何事も隠し事はできまい。
宗作「イカにも。白いワンピースを着た、未来という名のガールゥを捜しているんザマス」
老婦人「未来さん――そのお方は成人してらっしゃいますよね?
夜中に外から子どもの声が聞こえたことはありましたが、恐らく無関係でしょう。
となると、心当たりはございません」
そう言う不思議な老婦人の腕には、カラフルなお布が幾重にも重ねられていた。
宗作「あらマ、そのお布は?」
老婦人「全身タイツにするのです。これを必要としている方がおりまして」
なるほど。このお方はつまり、聖衣の織り手。
我らに、邪神に対抗する装備を授く者なんザマスね。
老婦人「これから布を天日干しにします。
なるべく急ぎたいのですが、今にも降り出しそうなお天気ですから、時間がかかりそうですねえ」
そこで閃いた。
今こそ、あの暴虐なる扇風機の力を発揮すべき時であると。
風の力で、全身タイツを一気にスーパードライするのザマス!
宗作「あたくシに妙案があるザマス。
しばらくここで待っていてもらえますこと? 一瞬にしてその聖布を乾かしてみせるザマス」
老婦人「それは心強いですね。では、お待ちしておりますわ」
未来氏の行方も気がかりだが、今やあたくシの肩にはもっと大きなものがかかっている。
邪神打倒のために残された猶予は少ない。一刻も早く聖衣を完成させ、全世界に散らばる仲間たちに託すのだ。
という訳で、一旦コテージに引き返すこととしたザマス。
歩くことおよそ一時間、コテージに到着。
戸を開けると、強烈な臭気が鼻をついた。
視界に飛び込んできたのは、火鉢を取り囲み奇声をあげている謎の集団。
謎の集団「ちょbsじゃbまpgじゃsjがpwbみょw」
あたくシは直感した。
これは、邪教徒どもの集会であると。
宗作「出ていけ! 薄汚い狂信者どもめ! ここは未来氏の借りている場所ぞ!」
しかし、邪教徒たちは耳を貸すどころか、自らの正当性を主張し始めた。
どうやらこやつら、揃いも揃って頭がおかしいらしい。
話が通じぬと言うのなら、仕方あるまい。
床に転がっていた例の扇風機を起動し、奴らの体を野外へと吹き飛ばしてやった。
悪は滅びるさだめなり。
ようやく静かになったが、異臭が立ち込めたままだ。臭いのは好かんザマス。急ぎ脱臭せねば。
試しに扇風機を冷風モードで起動してみると、マァ不思議。送風モードと違って、適度な風が噴出される。
これならば、自分の体に浴びせても問題なさそうザマス。
シャワー浴ならぬ、扇風浴。
自身の体にまとわりついた異臭を振り払いながら、今後の身の振り方を考える。
あたくシは聖戦士として、邪神とその崇拝者たちに立ち向かわねばならない。
先ほどまで共にあった3名は信頼できると思う。できれば全身タイツ解放戦線の同志として、力を貸してほしいものだが……。
しばらく考え込んでいると、背後から「デストローーーーーーーーーイ!!!」という叫びが聞こえて、ハッと我に返った。
風に揺られる中、あたくシはまたしても天啓を得た。
――弟は、邪神を崇拝する邪教徒どもに攫われた。
そして、邪神をこの世に復活させるための贄として捧げられたのだ、と。
涙が雫となって宙を舞う。
この涙は、きっと大粒の雨となり、大地を悲しみに濡らすであろう……。
着地したのは、雑木林の中。
視界の奥の方に、先ほど目にした石造りの家屋が見える。
ほんの少し座標がずれたが、無事目的地に到着できたようザマス。
空には晴れ間が覗いているものの、不思議と肌を刺すような暑さは無い。
そのわずか数秒後、東の空から未来氏が吹き飛ばされてきた。
四肢がだらんとしている。気を失っているらしい。とっさに体を動かし、彼女の体をキャッチ。
外傷はなく、呼吸もしている。大事ではなさそうザマス。
そうだ、落ち込んでいる場合ではない。
あたくシには大きな使命がある。たとい弟が既にこの世を去っていたとしても、その無念だけは必ずや晴らすべし。
未来氏を背中におぶり、目の前の家屋へと向かう。
玄関の戸を叩くと、先ほどの老婦人が出迎えてくれた。
宗作「どうも、先ほどぶりですな。
勝手に押しかけて申し訳ないザマスが、連れの者が気を失っておりまして。
おベッドを貸してもらえませぬこと?」
老婦人「先ほど……? あ、いえ、どうぞお入りください。
もしかしてその方が、明日葉未来さん?」
宗作「イカにも。あたくシどもが泊まっていたコテージで見つかったんザマス。
いやはや、お騒がせいたしマした」
おばあさん「そうでしたか。では、とにかく中へ」
建物内は広々としていた。
まずは寝室のベッドに未来氏を寝かせる。その光景を見た老婦人は、ひどく仰天したような顔をしていた。
あたくシ、何かお粗相をしたかしら?
その後、我々は、隣のリビングへと移った。
クーラーは効いていないが、氷袋をぶら下げた扇風機が、冷たい空気を部屋内に循環させている。とっても快適ザマス。
ふと、テーブルの隅に置かれた写真立てに目が止まった。
そこに写っていたのは、紛うことなき我が弟・飛助の姿。
その横には、目の前に座る老婦人の若い頃と思しき女性が肩を並べている――。
ついに見つけた、弟に直接繋がる足跡。
まさか、この老婦人が弟を誘拐した邪教徒なんザマスか――?
宗作「この写真の男の子は、どちら様ですかな?」
老婦人「その子は――私の息子です」
宗作「ほう。……失礼ですが、実のご子息ですかな? あまり似ておられぬようザマスが」
老婦人「拾った子なんです。話すと長くなりますが、色々あったのです」
宗作「この子は今どこに?」
老婦人「宗作さん。あなたはこの子、飛助を捜しておいでですね。
しかし、あと一歩遅かった。残念ながら、飛助に会うことは叶いません。
つい先月、あの子は遠いところへ行ってしまいましたから」
それはつまり――もう、この世にいないということザマス?
宗作「遠いところとは、いずこザマス?」
老婦人「詳しくはお伝えできません。崇高なる目的のためにその身を捧げた、とだけ言っておきましょう」
やはりこの者、邪教の徒――!
怒りと悲しみと憎しみに、体が支配される。
ほとんど反射的に、老婦人の首を掴み、締め上げていた。
宗作「おのれ邪教徒! よくも、よくも飛助を――!!」
次の瞬間、ハッと我に返る。
あたくシは、何故かように手荒な真似を……。
老婦人の首を掴む手を解く。しかし、時すでに遅しだった。
老婦人はあたくシの手から離れると、力なく床に倒れ込む。息をしていなかった。
必死で心肺蘇生を試みるも、彼女が息を吹き返すことはなかった。
老婦人は亡くなった。あたくシが、命を奪ったのザマス。
「この者は、弟を攫って邪教に捧げた狂信者だ。殺されて当然だったのだ」と正当化を図ってみるものの、己の心は誤魔化せない。人を殺めたという事実に手が震える。
当惑するあたくシを奮い立たせたものは、またしても、聖なる者の末裔としての使命感だった。
今、捕まる訳にはいかない。あたくシが警察に拘束されたら、誰が邪神を止めるというのか。
いや、それだけではない。誰からも忘れられた弟・飛助を、あたくシ以外の誰が弔ってやれるというのか。
心に鞭を打ち、偽造工作を開始する。
人が訪ねた痕跡は消せないだろうから、物盗りの犯行にでも見せるしかない。
タンスを開けるなどして部屋を荒らし、おばあさんの首に手ぬぐいを巻き付けた。
幸運なことに、タンスの中に色とりどりの聖衣を発見する。すでに完成していたらしい。
邪神に打ち勝つための重要な品のため、接収する(後頭部に収納)。悪く思ひ給うな。
それから、例の写真を回収する。弟の足跡を辿る有力な手掛かりだ。
もはやこの世に居ないとしても、手元に置いておきたい。
直後、外から足音が聞こえた。誰かがこの家屋に近づいている。急ぎ退散しなければ。
と、リビングを飛び出すなり、隣室から未来氏の寝言が聞こえてきた。
未来「チカ子ちゃん、ビスケットを……」
そうだ。未来氏を現場に残してはおけない。
現場に一人残っていたら、犯人だと疑われてしまうに決まっている。
あたくシの奇行を笑って受け入れ、志を共にしてくれた彼女に、どうしてそんな仕打ちを浴びせられようか。
建物に向かって、足音が近づいている。
急ぎ二人分の靴を回収し、未来氏を背中におぶってリビングの窓から外に脱出した。
窓から出る時、何かのコードに足を引っかけたようだったが、気にしている余裕はなかった。
そのまま森の奥へと走る。とにかく一刻も早く、現場から離れたかった。
チカ子「おーい! 未来ー!」
山道を駆ける最中、チカ子氏の呼び声が背中に突き刺さる。まずい、目撃されてしまったか?
しかし、立ち止まる訳にはいかない。呼び声を振り払うようにひたすら走り続ける。
チカ子氏は何度か呼びかけてきたようだが、もはや耳に入らなかった。
5分ほど走ると、石造りの小屋はすっかり見えなくなった。ここまで遠ざかれば十分だろう。
地面に未来氏を寝かせ、あたくシ自身は木の枝にぶら下がることにした。
地上だと見通しが悪いが、樹上であればコテージの様子が窺える。
一見すれば、扇風機で吹き飛ばされて気絶した二人にしか見えないだろう。
それから間もなく、遠くから「デストローーーーーーーイ!!!!」という叫びが聞こえてきた。
Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏だ。
何を騒いでいるのだろうか。もしや、おばあさんの遺体を発見したのだろうか?
もやもやと不安を巡らしていると、その内に未来氏が目を覚ました。無事でよかった。
あたくシをスルーしてうろつかれると困るので、わざとらしく「うーん……」といううめき声をあげる。
すると目論見通り、未来氏は頭上のあたくシに気が付いてくれた。
未来「宗作さーん起きて―! 目的地に着いたよー!」
宗作「未来氏……? あらマァ、あたくシ気絶していたザマスね。まことに情けない」
地面に寝かせたせいで、彼女の純白のワンピースに土がついていた。申し訳ない。
宗作「あらマァ、未来氏。せっかくのおしゃれ着が土で汚れてしまっているザマスよ。
このハンカチ拾い物ですけど、お使いになって」
未来「あっ、ほんとだ! ありがとう宗作さん」
弟の形見のハンカチを手渡したその瞬間。
突然茂みから大きなクマが現れ、猛スピードでこちらに突進してきた。
未来「ひっ……!」
未来氏は恐怖のあまりその場で立ちすくむ。狙われているのは彼女の方だ。
反射的に体を動かして、クマの腕を掴み、そのまま宙に放り投げてやった。
クマはぐるりと一回転した後に地面に叩きつけられ、そのまま起き上がらなくなった。
未来「わあ、すごい! 宗作さん、強いんだ!」
宗作「この程度、忍者にとっては朝飯前。さあ、お二人を捜しに参るザマス」
コテージに向かって歩く。
あの中ではすでに、チカ子氏やHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏が遺体を発見しているに違いない。
緊張で体が強張る。途中で未来氏が何度か話しかけてきたが、どんな言葉を交わしたか覚えていない。
玄関の鍵は開いたままだった。中に入ると、奥からチカ子氏が駆け寄ってきた。
チカ子「未来、無事だったか! また離れちまってすまねえ。
忍者、礼を言わせてもらうぜ」
宗作「一緒に歩いてきただけザマスよ。時に、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は?」
チカ子「サイボーグなら奥に居るぜ。それより、大変なことが起きてる。
あんまり見せたいものじゃないんだが――心の準備をしてから上がってくれ」
リビングに入ると、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏がおばあさんの遺体を前に立ち尽くしていた。
彼女を殺めたのは、あたくシザマス。皆を巻き込んでしまったことが、この上なく心苦しい。
あたくシの罪が暴かれてはならヌ。でもそれ以上に、皆が無実の罪に疑われることは回避したい。
こうなったら、あたくシが場を取り仕切ろう。
「実は本業は探偵です」と身分を明かせば、皆の信頼も得られるだろう。
敵の目を常に欺き続けたダートマンの如く、華麗な話術で事件の真相を煙に巻くのザマス。
【自問自答】
山場を乗り越えた。やっと一息つけるザマス。
さて、今の自分の考えを整理するとしましょうか。
まずは、弟・飛助について。
老婦人は、弟・飛助がもうこの世に居ないことを示唆していた。
もはやその言葉の真偽を確かめる術は無いが、無事を祈るしかあるまい。
今のあたくシにできること。
それは―― ことだけザマス。
全身タイツ解放戦線の仲間たちに、必ずや明日への希望と勇気をもたらすべし。
そして、老婦人の死についても、改めて考える必要があるザマス。
と言うのも、あたくシが犯行に及ぶ前後、チカ子氏とHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII氏は何をしていたザマス?
2人は何も語ってはくれぬが、どうにも引っかかるのザマス。
あたくシが思うには――、
に違いないザマス。
確実な証拠は無いけれど、強いて根拠を上げるとしたら、 ザマスかねえ。
【俺様について】
本名:Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII
性別:男
年齢:37
好きな色:忘れた
我が名はHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII。
このふざけた世界をぶち壊すことこそが、我が使命。
俺様の存在意義は、ただそれだけだ。
コテージに来てみたはいいものの、何やらふざけた連中が屯(たむろ)していた。
少し話を聞いてみたが、意味不明なことしか喋らない。どうやらこいつら、揃いも揃って頭がおかしいらしい。
こう見えて、俺様の本職は精神科医だ。
ふざけた精神異常者どもは俺様の病院にぶち込み、二度と人様に迷惑をかけないよう調教してやる!!
【ここに来た理由】
俺様の体内センサーがこのコテージを検知した。
ここは、我が偉大なる計画『World Destroy Project』の拠点として、うってつけの場所のようだ。
粛々と計画を進めたいところだが、何故か計画の詳細が頭から抜け落ちている。俺様としたことが、エラーを起こすなんて……。
仕方がないから、記憶の復元が完了するまで奴らとともにコテージで過ごすことにする。
【ここに来る直前の記憶】
今朝、目を覚ますとコテージの中だった。
暑い。なんだこの蒸し風呂は。冷房を探したが無いようなので、リビングにあった扇風機に手を伸ばす。
しかし扇風機には「一時間当たり5万円の電気代がかかる」と書いてあったので、使用を諦めた。
『World Destroy Project』を遂行せねばという思いに駆られるが、計画の詳細が思い出せない。それどころか、昨日まで何をしていたかも定かではない。
そうだ、研究仲間に電話して尋ねよう。と思ったが、スマホが手元にない。
来る道で落としたのだろうと思って周辺を探したが、見つからなかった。その代わりに、俺様が持参したと思われるビスケット入りの小包を拾う。
暑くなってきたので一旦コテージまで戻ったところ、中から人の話し声が聞こえてきた。
(※ビスケットの小包は、chapter1の間に冷蔵庫の中にしまった。)
【行動指針】
①『World Destroy Project』を完遂する(起爆装置を起動させる)
②精神異常者を見つけ出し、自身の精神病院に強制入院させる
<追加された行動指針>
〇他3名に対し、正しく精神鑑定を行う
今までの言動からして明らかに3人とも異常者だが、万が一健常者が混ざっていたら事だからな。
くれぐれも誤診が無いよう、慎重に診察せねば。
〇老婦人の死の真相を知る
〇『World Destroy Project』を完遂し、このふざけた世界を破壊する
計画の完遂には、あと何度かタイムトラベルが必要だ。
しかし、俺様の肉体は限界を迎えつつある。今こうして記憶が復元できているのが奇跡だ。
もしもう一度扇風機の風に乗ったとして、まともでいられる保証はないだろう。
<追加された行動指針>
〇他3名に対し、正しく精神鑑定を行う
今までの言動からして明らかに3人とも異常者だが、万が一健常者が混ざっていたら事だからな。
くれぐれも誤診が無いよう、慎重に診察せねば。
〇老婦人の死の真相を知る
〇『World Destroy Project』を完遂し、このふざけた世界を破壊する
計画の完遂には、あと何度かタイムトラベルが必要だ。
しかし、俺様の肉体は限界を迎えつつある。今こうして記憶が復元できているのが奇跡だ。
もしもう一度扇風機の風に乗ったとして、まともでいられる保証はないだろう。
【知識】
①サイボーグ
最先端技術を用いれば、人体のサイボーグ化が可能だ。
俺様の肉体の大部分は、優秀なサイエンティストによってサイボーグ化されている。
サイボーグは生身の肉体に比べ、身体能力と認知能力が大きく向上している。
②マイナスイオン
「マイナスイオン」は疑似科学である。
空気中に漂う陰イオンが冷却・鎮静効果をもたらすという触れ込みだが、全くのデタラメだ。
友人がマイナスイオンを売りにした扇風機を開発しているから、敢えて啓蒙するつもりはない。
③気象予測
最新の気象予測は、世界中のありとあらゆる関連データを集め、超ウルトラハイパーコンピュータによって算出される。
その精度は99.9%を超える。
④精神異常を引き起こすファクター
脳に特定の強い刺激を与えると、急速に頭がおかしくなる。
俺様はその現象に深く精通していたはずだが、今はよく思い出せない。
【気になること】
①友人の行方
スイスで世話になった研究仲間に、日本に詳しい友人がいる。
俺様に日本文化を熱心に教えてくれた、とってもいい奴だ。
彼は「大事な家族と、もう一度会いたい」と常々語っており、共に日本へと渡ってきた。
このコテージに到着する直前まで一緒だったはずだが、今は離れ離れだ。安否が気になる。
②起爆装置
世界を破壊するためには、起爆装置が不可欠だ。
この地に持ち込んだはずなのだが、今や手元に無いらしい。
もしかしたらスマホと一緒にどこかに落としてきたのか? 計画の遂行のために、必ず取り戻さなくては。
③力山チカ子の流血
なんであの女、肩から血を流してるんだ? コテージの中に怪我しそうなものはねえし……山中で転んだのか?
医者として治療してやりたいのはやまやまだが、外傷の手当は門外漢だ。
④自分の名前
よくよく考えたら、俺様の名前、なんか変じゃねえか?
「MARK XIII」って、「13号機」ってことだろう? 俺様に至るまでに試作機があったってことか?
しかし俺様は、元々生身の人間のはず。そんな名前が付くのはどうしても違和感がある……。
⑤自分の医療知識
今気づいたことなんだが、俺様はびっくりするほど医療知識に乏しい。
飯屋で医療メスを差し出されたら、喜んでステーキを切り分け始めるだろう。
もしかして、俺様の職業は医者ではないのか……?
★記憶の復元に一部成功
思い出したぞ!! 俺様の好きな色は、「緑」だ!!!
特に、藻のようなくすんだ緑色が大好きだ。
【直近の行動】
扇風機の一件の後。
吹き飛ばされたものを探すため、4人でコテージの外に出た。
しかし、特に成果はなし。いつの間にかタイツ男は姿を消しているし、女2人は「暑いので休む」とか抜かして、コテージに戻っていきやがった。
仕方なく、一人山道を下っていくと、大量の木と岩が道を塞いでいた。
土砂崩れか? そういえば、昨日は大雨だったな確か。
そのすぐそばの絶壁に、横穴がある。
覗き込んでみると、衣服の破片と人骨が散乱していた。
仰天して飛びのく。遭難者の成れの果てか? あるいは殺人現場か……。
??「お主、道に迷われたか?」
背後から声を掛けられ、再び肝を冷やす。
振り返ると、赤い全身タイツの髭もじゃが立っていた。
見るからに精神異常者だ。てか、全身タイツ流行っているのか?
髭もじゃ「それはクマの巣であろう。可哀そうに、その子らは犠牲になったのだ」
クマの巣? なるほど、一理あるかもしれない。だとすれば、哀れな被害者たちを弔ってやらねば。横穴の前で黙祷をささげる。
目を開けると、髭もじゃは消えていた。
一体、何だったんだ? どこかで見覚えのある気がしないでもないが、やはり思い出せない。
日も傾きかけてきたので、諦めてコテージに戻ることにした。
疲れたし、好物のビスケットでも食って体を癒すとしよう。
ビスケットをしまっていた冷蔵庫の扉を開く。
ところが、どこを見渡してもビスケットを包んでいた小袋が見当たらない。
さっきコテージに戻った時に、確かに冷蔵庫の中にしまったはずだ。
ということは、あの3人の中の誰かが盗み食いしやがったってことだ!!
XIII「デストローーーーーイ!!!」
怒りに任せて、唸りをあげる。
背後を振り向くと、明日葉未来と力山チカ子の二人が玄関先で突っ立っていた。ちょうど外から戻ってきたところらしい。
2人の元ににじり寄り、事のあらましを伝えていると、二階から井間谷宗作も降りてきた。
3人を徹底的に問い詰めるが、ビスケット盗み食い犯は名乗り出ない。結局、事件は迷宮入りとなった。
XIII「貴様らが信用できないことはよくわかった。マスターキーは俺様が預からせてもらう!」
チカ子「待ちな。あたいはあんたが一番信用できねえぜ。
マスターキーは皆で共同管理する。このよく鳴る鈴を取り付けよう。
こうすれば、誰かがキーを持ち歩いている事が音でわかる」
力山チカ子が、持参していた鈴をキーに結びつける。
そんな甘々管理は容認できんと訴えたが、コテージの契約名義が明日葉未来であることを強調され、引き下がるしかなかった。
くそっ、どいつもこいつも俺様をコケにしやがって!!
◆
夕食は、自炊だった。
井間谷宗作と力山チカ子が厨房に立ち、俺様と明日葉未来はリビングのソファに腰かけ待つことになった。
明日葉未来がテレビを点けると、白い全身タイツの中年オヤジが画面に映し出される。
「全身タイツ撲滅運動のせいで、堂々と全身タイツを着れないんです!」とかなんとかほざいてたが、至極どうでもいい。
どうせこの世界は俺様が滅ぼすんだからな。
とか考えていたら、不意に明日葉未来に話しかけられた。
未来「XIIIさんって、生まれた時からサイボーグだったんですか?」
XIII「そんな訳ねえだろ。友人の科学者に頼んでサイボーグ化してもらったんだよ」
未来「わあ、お友達さんすごいんだ!」
XIII「ああ、自慢の親友だ。だが、日本に来てから連絡が取れなくなってな。
『大事な家族と、もう一度会うんだ』とか言っていたが、今頃どうしているんだか」
詮索好きな女だ。だが、そう悪い人間にも思えない。俺様の話を聞いて、本気で心配そうな顔をしやがる。
無駄話に興じていると、やがて料理が運ばれてきた。メニューはオムレツと手作りの米粉パンだ。
狂人どもの作った飯なんて口にしないと決めていたが、匂いはいい。
結局誘惑に負けて、食事を口に運んだ。
……うまい。上品で、それでいてどこか懐かしさを覚える味だ。いくらでも口に入る。
他の連中は食事中も会話を楽しんでいたが、耳に入ってこなかった。それだけ、夕食の味の虜になっていた。
飯を食い終わった頃、井間谷宗作が改まった調子で口を開いた。
宗作「実は、皆に相談があるザマス。
あたくシと共に、全身タイツ解放戦線を結成してくれませヌか?」
未来「その話、乗った!」
……ん?
一瞬のことすぎて理解が追い付かなかったが、何かおかしくねえか?
いや、何もかもおかしい!!
全身タイツ解放戦線とやらも意味不明だし、その話に即座に乗る明日葉未来の行動も理解不能だ。
未来「チカ子ちゃんも入るよね? 全身タイツ解放戦線!」
チカ子「未来がそう言うなら、名前くらいは貸してやってもいい」
未来「やった! じゃあ、XIIIさんも……」
XIII「入らねえよ! 俺様はそんなふざけたママゴトに付き合っている暇はない!!」
愚かなやつらめ。俺様がそんな同調圧力に屈するとでも思ったか!?
俺様はエリート精神科医。狂人どもの戯言に惑わされるようなぬるい器じゃない!!
チカ子「――ほう。人の借りたコテージでタダ飯まで食らっておいて、随分な態度だな。
さすが、自称・常識人様は言うことが違うぜ」
しかし、力山チカ子が痛いところを突いてくる。これには、返す言葉がなかった。
XIII「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ……!? 卑怯だぞ、力山チカ子!!
仕方ねえ。俺様も一時的に名を貸してやる。言っておくが、活動に参加するつもりはないからな!」
ふと横を見ると、井間谷宗作がガチ泣きしていた。
いや、何の涙だそれは!? 意味が分からん。虚言癖に留まらず、情緒も不安定か!?
宗作「皆の衆――ありがとうザマス! あたくシ、今日ほど感激した日は無いザマスよ。
では、今日という日を祝して、義兄弟の誓いを。
我ら、生まれた日は違えども、全身タイツを着る時は、同じ日同じ時を願わん!!」
未来「いえーい!」
チカ子「おう」
XIII「デストローーーーーイ!!!」
なんなんだ、このザ・イミフワールドは!!
今すぐこの場の雰囲気をぶち壊してやりたい衝動に駆られるが、さすがにそれは大人の対応じゃない。
デストロイの叫びだけで勘弁してやる。俺様の手元にたまたま起爆装置が無かったことを、幸運に思うがいい……。
◆
夕食後、順番にシャワーを浴び、あまり遅くならないうちに消灯となった。
それぞれ自室に入り、眠りにつく。
とんでもなく蒸し暑い夜だったが、俺様は大変寝つきがよいので、ぐっすりと眠ることができた。
――その夜、夢を見た。
俺様の腕の中に、知らないばあさんの遺体が抱えられている。その表情は、安らかとは程遠い苦悶の様相。
俺様が殺しちまったのか? それとも、誰か別人の手によって? そもそも、このばあさんは誰なんだろう。
わからない。だが、これはきっと殺人だ。
そして俺様は思う。我が計画『World Destroy Project』の完遂を急がねば、と。
XIII「デストローーーーーーーイ!!!!」
何を隠そう、俺様は絶叫マシンの類が大嫌いだ。どうして有機物が高速で動く必要がある。
素早く動く物体をありがたがるのは、ガキとイカれた物理学者だけだ。
しばらくすると肉体は降下し始め、地面に勢いよく叩きつけられた。
サイボーグの体だからどうってことないが、生身の人間なら普通に死んでる。
土埃を払いながら体を起こそうとすると、柔らかな手が差し伸べられた。
見上げると、目の前に美しい婦人が立っている。
婦人「お怪我はありませんか?」
XIII「ご心配どうも。見ての通り頑丈な作りなので、問題ない。
それよりあんた、空から人が降ってきたってのに、驚かないんだな」
婦人「はい。だって私、他にも人が空から降ってくるのを目撃していますから。
すごく逞しくて、頼りがいのある女性でしたわ」
XIII「逞しい女性? そいつはもしかして、力山チカ子って名じゃなかったか? 俺様の患者の一人だ」
婦人「お名前は失念してしまいましたが、チカ子という名ではなかったと思います。
知人に同じ名の者がおりますから、それでしたら記憶しているはずです」
XIII「そうか。なら別人だな」
――いや、そいつのことはどうでもいい。
俺様がここにやってきたのは、明日葉未来を捜すためだ。
あの筋肉女の暴走に振り回されているのは癪だが、医師として患者の無事を確認せねば。
XIII「山頂近くのコテージに泊まっているんだが、患者が一人行方不明になってな。
明日葉未来という名の、白いワンピースを着たやかましい女だ。見かけていないか?」
婦人「いいえ、見かけておりません。こんな山奥で、女性が行方不明なんですか?」
XIII「そう。扇風機の風にぶっ飛ばされて、どこかに消えたんだ。とち狂った話だろう」
婦人「扇風機、ですか?」
婦人が話に興味を示したので、事のあらましを説明してやった。
荒唐無稽な話だったと思うが、特に疑うでもなく、熱心に話を聞いてくれる。
その聞き上手っぷりに気分を良くして、つい要らないことまでぺらぺらと喋ってしまった。
XIII「あんたみたいな善良な人間ばかりだったらよかったんだがな。
だが、俺様はもう決めているんだ。この世界をぶっ壊してやるとな」
婦人「世界を壊す――どうやってですか?」
XIII「それは……忘れた。
どこかに起爆装置があるはずなのだが、計画の詳細を思い出せないんだ」
婦人「もしかすると、先の話に出てきた扇風機を使うんじゃありません?
世界を破壊するには、膨大なエネルギーが必要でしょう。
計画の遂行のために、あなたがコテージへと持ち込んだものだったのかも」
脳裏に電撃が走った。この人は、天才だ!!
XIII「それだァ!! 間違いない。
あの扇風機こそ、我が偉大なる計画『World Destroy Project』を遂行するための秘密兵器。
そのような危険物だからこそ、俺様は使用に慎重になっていたのだ」
あとは正しい起動手順――つまり扇風機の使い方を思い出すだけ。
これでやっと、俺様の悲願が達成される。
婦人「つかぬ事をお伺いしますが、どうして世界を破壊したいんですか?」
XIII「決まっている。この世界は、存在するに値しないほど狂っているからだ。
あんたは、そう思わないのか?」
婦人「この世に理不尽を感じることは多々あります。
今この場に居るのも、もう何もかもどうにでもなれと思っているから……。
でも、まだ一つだけ、小さな希望を持っています。
どうか、世界を破壊するのをあと一日だけ待ってもらえませんか。私、やり残したことがあるんです」
そう真摯に頼まれると、無下にする訳にはいかなかった。
この善良な婦人のために、今日一日だけは計画を延期してやろう。
XIII「いいだろう。特に日を急ぐ理由も無いからな」
婦人「ありがとうございます。……あの、なんとお呼びすれば?」
ふっ、よくぞ聞いてくれた。
計画の核心を思い出した今の俺様は、堂々と名を告げることができよう。
XIII「我が名はHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIII。
このふざけた世界をぶち壊すことこそが、我が使命。
俺様の存在意義は、ただそれだけだ」
◆
急いで元居たコテージに戻る。歩いて一時間以上かかった。
何故か玄関口の鍵がかかっていたので、体当たりで扉ごと吹き飛ばす。
室内には誰も居なかった。
床の隅には、件の扇風機が物言わず転がっている。
フ、フハハハハハハッ!!! これさえ手元にあれば、もはや計画は成功したも同然!!!
覚悟するがいい、愚かな人類ども。
貴様らが好き勝手に暴れまわったこの世界も、明日で一巻の終わりだ!!!
……それはともかく、暑い。
夏の山道を一時間かけて歩いてきたのだから、暑いに決まっている。
その時、悪魔の囁きならぬ、扇風機の囁きが聞こえてきた。
「涼しくなりたいだろう? ならば、俺を回せ」と。
それはまずい。こいつの電気代は馬鹿にならない。
それよりもなによりも、世界を破壊するポテンシャルを持った兵器だ。
取り扱いを誤ると、婦人との約束を破ることになってしまう。
だが、抑えられないこの欲望。早く涼しくなりたい。この全身を蝕む熱気から解放されたい。
そうだ、何を躊躇う必要がある。俺様は灼熱を打破するのだ。
この鋼鉄のボデーを守るために、熱エネルギー過多の狂った室内環境を破壊するのだ。
XIII「んんんんんん……(葛藤)
デストローーーーーーーーーーーーーーイ!!!」
扇風機を冷風モードで起動すると、心地よい冷気が俺様の体を包み込んだ。
これでいい。これは、『World Destroy Project』を完遂するための必要経費なのだ。
XIII「デストローーーーーーーイ!!!!」
再び上空で絶叫する。くそっ、なんで俺様が何度もこんな目に!!
この往診費は高くつくぞ!!!
地面に頭から激突しながら着地。
到着地点の真ん前には、石造りの家屋があった。
何故かわからんが、先ほどと比べて妙に涼しい。着地の衝撃で気温センサーが故障したか?
とりあえずは、井間谷宗作が話していたことを確かめるとしよう。
前方の家屋まで足を伸ばし、玄関扉を戸を叩く。が、返答は無い。
どうしたものかと考えていると、後ろから声がかかった。
チカ子「そこで何してんだ、サイボーグ」
XIII「なんだてめえか、驚かせやがって。
見ての通り、誰かいないかと思い戸を叩いてみたんだが、返事がねえ。どうやら、無人のようだな」
チカ子「そうなのか? あたいは裏から回ってきたんだが、奥の部屋の明かりがついていたぜ」
力山チカ子は辺りをきょろきょろと見まわしたかと思うと、おもむろにドアノブに手をかけた。
すると、扉が静かに開いていく。不用心にも、鍵がかかっていないらしい。
XIII「おい! 不法侵入だぞ!?」
チカ子「お医者さんごっこの次はおまわりさんごっこか?
怖気付いたなら、そこに留まってりゃいい。あたいは中が気になるから見てくるぜ」
と吐き捨てて、堂々と中に入っていく。
俺様には主治医としてその奇行を観察する義務があるので、仕方なく一緒に建物に入った。
確かに、奥の部屋には明かりが灯っていた。力山チカ子→俺様の並びで、恐る恐る歩を進める。
明かりが灯っていたのは、リビングだった。
大きなソファとテーブル、テレビ、タンスや棚が備わっている。
そして、ソファの上には、初老の女性が青白い顔で横たわっていた。
その首元には、手ぬぐいが強く巻き付けられている。
チカ子「た、大変だ!」
力山チカ子が駆け寄るが、名医たる俺様にはわかっていた。
もう、手遅れだ。あのばあさんは、何者かの手によって、殺害された。決して、息を吹き返すことはない。
強い悲しみとやるせなさが、俺様の心を支配した。
力山チカ子は懸命に蘇生を試みている。だが、それは功をなさない。
途中で手を貸すように言われた気がするが、俺様はただ呆然とすることしかできなかった。
チカ子「ダメだな、脈が戻らない。
……おい、あんた大丈夫か? ショックなのはよくわかるが、気を確かにな」
XIII「あ、ああ。すまねえ。あまりのことで気が動転して。救急車を呼んだ方がいいな?」
チカ子「もう呼んだよ。到着まで一時間かかるそうだ。あんた、少し休んだ方がいい」
力山チカ子は部屋から出ていき、リビングには俺様とばあさんの遺体だけが取り残された。
ばあさんのすぐ後ろに置かれた扇風機と目が合う。
扇風機は、回っていない。俺様と同じ、ただそこに居るだけのでくの坊。
何かシンパシーに近いものを感じて、そいつの元に歩み寄っていく。
扇風機の間近に迫ったその時、見知らぬ記憶がフラッシュバックした――!
◆
恐ろしい形相の大男が、俺様を殴りつけてくる。
抵抗できない俺様は、泣き喚き、助けを呼ぶ。
すると、どこからともなく誰かがやって来て、俺様を庇ってくれる。
彼は、俺様のヒーローだ。俺様が困った時に必ず現れて、ピンチから救い出してくれる。
深い森の中。太陽が強く照りつけている。
その日は、大女に殴られていた。
例によって、俺様はヒーローに助けを求める。
だが、ヒーローは姿を現さない。何度名を呼んでも、やって来てくれない。
声も涙も枯れ果てて、視界が暗く沈んでいく。
カラスがカァカァと鳴き、夕暮れ時を告げる。
淡い闇の中で、白い手がぬっと差し出された。
「お怪我はありませんか――」
◆
不意に、玄関の戸が叩かれた。心拍数が急上昇する。
力山チカ子がリビングに顔を出し、「未来たちかもしれない。見てくる」と早口に告げて、玄関の方に向かっていった。
……今の記憶はなんだ? 俺様が過去に体験した出来事なんだろうか?
気持ちを落ち着かせようと深呼吸を試みるが、動悸が収まらない。
いや、得体の知れない記憶のことより、まずは目の前の出来事の整理からだ。
ばあさんが一人、亡くなっている。いや、殺されている。それ事態、非常に嘆かわしいことだ。
しかしなぜ、見知らぬ老人の死が、こうも俺様を動揺させるのだろう。
俺様は、ここまで感傷的な性質だっただろうか……?
間もなく、力山チカ子が明日葉未来と井間谷宗作を連れて戻ってきた。
その瞬間、感情のスイッチが切り替わる。
そういえばこいつら、どいつもこいつも気が狂っているんだった。
もしや、この中の誰かがばあさんを殺害したんじゃねえのか?
だとしたら、許せねえ。そんなふざけた輩は、この俺様の手で必ず、精神病院にぶち込んでやる――!
【自問自答】
この俺様ともあろう者が、あまりのふざけた事態に困惑しているだと!?
落ち着け。ここは深呼吸して、考えをまとめるんだ。
……ん、これは!?
脳内データをソートしていたら、『World Destroy Project』について書かれた日誌を見つけたぞ。
どうやら俺様が日本に旅立つ前に記したものらしい。
しかし暗号化されており、このままでは読み取れない。
パスワードは何だったか……思い出せない。
当てずっぽうで入力してみてもいいが、3回間違うと完全にロックされてしまうようだ。
何か俺様にまつわる単語を設定していたはずだ。
アルファベットではなく、ひらがなかカタカナにしていたはず……。
それから、ばあさんの死について。
井間谷宗作はああ言っていたが、俺様は別の真相を考えている。
ばあさんを死に至らしめたのは恐らく、 だろう。
手ぬぐいで首を絞められていたことから、人の手によって殺されたのは間違いない。
ことから、犯人候補はかなり絞られる。
残った犯人候補の中で、 を持ち得たのは、一人しか居ねえ。
勿論、根拠があってそう考えている。
その根拠となる出来事とは、ずばり、 だ。
【選択】
◆明日葉未来の失踪について、力山チカ子が述べた推理に最も近いものを選択してください。
◆Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの診察結果を選択してください。
◆老婦人を死亡させた犯人(原因)について、井間谷宗作が述べた推理に最も近いものを選択してください。
◆宗作の推理に対する他3名のリアクションを、それぞれ選択してください。
【World Destroy Project】
これより、『World Destroy Project』の最終フェイズに入ります。
世界を破壊したいと願うのであれば、扇風機の風に乗って過去改変に挑むべきでしょう。
もちろん、計画を拒否し、今あるこの世界をそのまま受け入れるという選択もできます。
あなたたちにできることは、
①扇風機の風に乗り、過去に渡る
②今いるこの時点に残る
のいずれかです。
過去に渡った人間は、すでに起こった出来事を書き換えるために様々な手を尽くすでしょう。
逆に、この時点に残った人間にできることは限られます。
詳しいことは、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIの口から語られるでしょう。
この計画は多くの仮説に基づくものであり、その成功は限りなく不可能に近いと言えます。
半端に過去改変を行うことで、今よりももっと苦しい状況に置かれることだって有り得ます。
また、計画の成功が必ずしも全員にとって幸福とは限りません。
今を幸せだと感じる者にとって、新しい世界における運命は受け入れがたいものかもしれません。
話し合いの後、自分がどちらの選択をとるのか宣言して頂きます。
この決断は、他の誰かに合わせるものでも、強制されるものでもありません。
自分の意思に基づき、最終的な決断を下してください。
なお、過去に渡る人物/残留する人物ともに、何人居ても構いません。
ただし、『World Destroy Project』を成功させるには、今この時点を含む、これからあなたたちが干渉する全ての時点に、最低一人以上を残していく必要があります。
※下記のボタンは、GMからの指示があるまで押さないでください。
Q.あなたは、扇風機の風に乗って過去に渡りますか。
それとも、現在に残りますか。
==============================
VC「どこか遠い場所②」に移動してください。
==============================
――視界が暗くなる。意識が遠のく。
どうやら、俺様はここまでのようだ。
全身タイツ解放戦線。ふざけた連中だったが、存外嫌いじゃなかった。
すまない。後の事は任せたぞ……
==============================
あなたは完全にロストしました。
即座に、マイクをミュートにしてください。以降、一切のHO操作は必要ありません。
==============================
==============================
VC「どこか遠い場所②」に移動してください。
この時点へと渡った全員が移動したことを確認したら、全員で以下のテキストを読み進めてください。
==============================
扇風機の風に乗って、ほんの数時間前の世界に到着したトラベラーたち。
ペンションのリビングには生前のThe・マザーが居て、突然の来訪者に目を円くしている。
Q.この場に力山チカ子が居ますか。
この場には犯人の凶行を止められる者は居ない。
ならばThe・マザーを避難させようと試みたが、病弱のThe・マザーを長距離移動させるのは困難だった。
成す術を無くした一行は、冷風モードで元の時代に戻ることにしたのだった。
チカ子「この場はあたいに任せな。必ず犯人の凶行を食い止めてみせる」
Q.チカ子の筋力の値はいくつですか?
玄関の戸が叩かれる。殺人犯が、やってきたらしい。
意気揚々と玄関の戸を開けたチカ子は、必殺の一撃を繰り出す。
チカ子「奥義! ザ・パワーマウンテン!!」
が、技を放つ前の隙を突かれ、逆に反撃を許してしまう。
チカ子はその場に崩れ落ちた。
チカ子「あたいの負けか……。すまない、未来。あたいには力が足りなかった――」
==============================
あなたは完全にロストしました。
即座に、マイクをミュートにしてください。以降、一切のHO操作は必要ありません。
==============================
玄関の戸が叩かれる。殺人犯が、やってきたらしい。
意気揚々と玄関の戸を開けたチカ子は、究極の一撃を繰り出す。
チカ子「奥義! トップ・オブ・ザ・パワーマウンテン!!」
チカ子の強力な一撃が、犯人のみぞおちに突き刺さる。
玄関口に崩れ去ったその人物は、井間谷宗作であった。その背には、気絶した未来が背負われている。
チカ子「忍者――本当にあんたが犯人だったのか。
しかし、今回は未然に防がせてもらったぜ。しばらくこのままお寝んねしててくれ」
一行は、The・マザーを守ることができた。少なくとも、一時的には。
次のタイムトラベルに備え、The・マザーからHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIと出会った日の事を詳しく聞き出す。
The・マザー「飛助と出会った当時のことですか?
ああ、そういえば。
何か美味しそうな匂いにつられて歩いて行ったと、飛助は言っていましたね。
もしその匂いが無ければ、あるいは別のもっとよい香りを嗅いでいれば、
私と彼が出会うことは無かったのかもしれません」
次のタイムトラベルまで、少々待機時間となります。
GMからの指示があるまで、いずれのボタンも押さずに、このままお待ちください。
==============================
あなたは、だんだん身体に力が入らなくなっていくのを感じます。
もうそう長く、活動を続けることはできないでしょう。
次のタイムトラベルに参加しようがしまいが、あなたはいずれ力尽きることになります。
何か言いたいことがあれば、他の者に伝えておくべきでしょう。
==============================
Q.あなたは、扇風機の風に乗って更に過去へと渡りますか。
それとも、この時点に残りますか。
『World Destroy Project』。
その最後の仕上げを、仲間たちに託した。
もし計画が成功したのであれば、間もなく世界は崩壊を始めているはず。だが、そんな気配は全くない。
彼らは、失敗したのだ。世界を破壊することに。その理由について、間もなく思い至る。
XIII「そうか! ここは2124年8月31日じゃない。出力設定をミスっていたのだ!!」
扇風機は出発時点から到着時点までの時間を、出力の値として用いる。
出発時点の認識が間違っていれば、当然目標とする時代に着くことはできない。
残された最終手段。それは、直前のタイムトラベルの行先を書き換えること。
タイムマシンの開発者である俺様は、筐体である扇風機と時空を隔てた通信を行い、その出力設定を変更することが可能である。
ただしそれは、因果律への直接干渉。
一度でも実行すれば、俺様の心身は完全に崩壊するだろう。
それでも、他に選択肢はない。
今がいつなのかを特定する方法を探す。
あいにくカレンダーやパソコンは無かったが、ラジオを見つけることができた。
電源を入れると、陽気なDJの声が聞こえてくる。
「8月31日午後3時。本日も「エブリデイ・ルーイン」のお時間がやってきました。
パーソナリティは私、タナ=カタ=カコと……」
ついてる! これで日付と時刻はわかった。
だが、年がわからない。少なくとも身の回りに、年代を特定できるものはない。
時間は刻一刻と流れていく。このまま時間が経過すると、扇風機との時空通信はより困難になる。
頼りになるのは俺様自身の記憶と、これまでの会話内容のみ。
思い出せ。記憶の中に、必ずヒントがあるはずだ。
Q.今は西暦何年?
XIII「……フ。フハハハハハハッ!!!
この世界で解く最後の問いが、よもや小学生レベルの算数問題とはな!!
もはや何物も我が計画を止められまい」
扇風機と通信し、直前のタイムトラベルの行先を書き換える。
瞬間、視界はガタガタと揺らぎ、音も、思考も、無秩序に崩壊し始めた。
それが世界の崩壊によるものなのか、俺様自身の機能不全によるものなのかはわからない。
XIII「世界よ、貴様の命もここまでだ!!!
デストローーーーーーーーイ!!!!!!」
==============================
VC「どこか遠い場所④」に移動してください。
この時点に渡った全員が移動したことを確認したら、全員で以下のテキストを読み進めてください。
==============================
再び扇風機の風に乗ったタイムトラベラーたち。
今度向かったのは、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIとThe・マザーが初めて出会った日。
4人が集まった始まりのコテージのほど近く。
山道の少し開けた場所で、二人は出会ったという。
コテージの中に待機し、彼らの登場を今か今かと待ちわびたが、一向に姿を現さない。
数日経っても、数週間経っても、二人の邂逅に立ち会うことはできなかった。
もはや彼らに、為す術はない。
VC「どこか遠い場所④」に移動してください。
この時点に渡った全員が移動したことを確認したら、全員で以下のテキストを読み進めてください。
==============================
あなたは完全にロストしました。
即座に、マイクをミュートにしてください。以降、一切のHO操作は必要ありません。
==============================
再び扇風機の風に乗ったトラベラーたち。
今度向かったのは、Hyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIとThe・マザーが初めて出会った日。
4人が集まった始まりのコテージから、やや歩いた地点。
山道の少し開けたところで、二人は出会ったという。
Q.この場に井間谷宗作が居ますか。
一行はHyper Catastrophic World Destroyer.MARK XIIIこと飛助が事件に巻き込まれないよう尽力したが、結局、運命を変えることはできなかった。
もはや彼らに、成す術は無い。
宗作には考えがあった。
弟・飛助は、食べ物の匂いに釣られて街を放浪し、その結果何者かに誘拐された。
もしその時、もっと別の、彼の好きな香りを嗅いでいれば、きっとそちらに吸い寄せられたはず。
宗作「パンを焼くザマス。とびきり、よい香りの!」
パンの匂いに釣られて飛助の歩くルートは変わり、誘拐犯に出会うことも無くなるはず。
このコテージまで近寄ってきたところを保護してやればよい。
石釜でパンを焼くと、その芳醇な香りが煙突から外に流れ出ていく。
ここで扇風機を使うのだ。あの猛烈な風で、パンの素敵な香りを麓の街まで運ぶのだ。
宗作は弟を見失った時刻に照準を合わせ、扇風機をセットする。
Q.この場に明日葉未来が居ますか。
何かを見落としているような気がする。
しかし、今更あがいても仕方ない。ただ、自分に成せることをするのみ。
未来「ま、待って、宗作さん!」
扇風機を起動する直前、未来がそれを静止した。
未来「見て、これ。宿泊者向けのメッセージ。
今日ここに、誰かが泊まりに来るみたい。風巻カオル……」
それを聞いた宗作は、彼女の言わんとしていることを察する。
宗作「まさか、The・マザー氏の言う座敷童子少年の名前ですかな?」
未来「うん。多分だけど、そう思う。そして、わたしが過去の時代で会った男の子」
宗作「The・マザー氏と座敷童子少年の両名は、今日この山にやってきていた。
しかし、彼らが出会うことは無かった。恐らく、The・マザー氏の方向音痴のために」
未来「多分、それだけじゃない。座敷童子くんの身にも何かがあったんだと思う。
だってあの子は、ここでパン屋さんをするって夢を、必ず叶えるはずだから」
宗作「事故、あるいは事件に巻き込まれたか……」
未来「わたし、もう一度座敷童子くんに会いに行くよ。
それで、チカ子ちゃんからもらった、このお守りの鈴を渡してくる」
宗作「再度過去に渡るとおっしゃるか!? 無茶ザマス!
扇風機も、あなたの体も、とうに限界。絶対に無事では済まないザマス。
それに、鈴を渡したところで何かが変わる保証もないのザマスよ」
未来「わかってるよ。けど、わたし――」
明日葉未来は、座敷童子に会いに行きますか。
未来「わたし、行ってくるよ。次の世界では、皆に幸せで居てほしいもん。
宗作さん、The・マザーさんのことをよろしくね」
==============================
明日葉未来は、VC「どこか遠い場所①」に移動してください。
他の方は、少々待機時間となります。
GMからの指示があるまで、いずれのボタンも押さずに、このままお待ちください。
==============================
未来「宗作さんの言う通りだよね。
今わたしが無茶しても、きっと何も変わらない。
宗作さんがやりたいことを手伝うよ。煙突の上で扇風機を回すんだよね?」
宗作「……まことに勇気ある判断なり。
急ぎ風を起こしに行きましょうぞ。
いつまたあたくシたちの頭がおかしくなるか、わからないザマスから」
これが、正真正銘最後のタイムトラベル。
向かう先は、元の時代から数えて50年前のコテージ。
その、目的は――。
「ここ、どこ――?」
見覚えのない風景。生ぬるい風が肌にまとわりつく。
こんな場所は知らない。わたしはどうして、ここに居るんだろう。
ううん。それどころか、自分が何者なのかもわからない。
わたしの目的は――そう、世界を破壊すること。
何のために? わからない。
この世界が、自分自身が、すごく怖い。今にも壊れてしまいそうだ。
けど、心の奥底にある何かがわたしを奮い立たせてくれる。
確か、わたしには大好きなお友達が居た。
その人がどんな人だったかは思い出せないけど、わたしはその人に勇気をもらった。
何気ない、ほんの一言。
ありふれていて、珍しくもない。言った本人は、それを覚えても居ないだろう。
でも、わたしにとっては特別。
だって、そのたった一言が、わたしの全てを変えてくれたから。
Q.あなたの全てを変えてくれた言葉は?
わからない。
何もかも。わたしは。何者なのか。どうして、ここに居るのか。
目の前が真っ暗になる――。
ダメだ。わたしもう、動けない。
ごめんね……ちゃん。わたし、あなたのこと……
未来「今日のあんた、輝いてるぜ――」
大事な言葉。わたしを、わたしにしてくれた言葉。
思い出した。わたしの名前は明日葉未来。
お友達の名前は、力山チカ子ちゃん。強くて優しい、大好きなお友達。
わたしは、おばあちゃんと、小さな男の子が好き。
今ここに居るのは、座敷童子くんを救うため――!
未来「座敷童子くーん!」
座敷童子「わっ、お姉さん! えっと、久しぶりだね」
屋根裏部屋に飛び込むと、ほんの少し背の高くなった座敷童子くんが佇んでいた。
未来「大きくなったら、ここでパン屋さんを開くんだよね?
またこの山に戻ってくるときは、用心して。
この鈴。君にあげるから、必ず身に着けてきて!」
チカ子ちゃんからもらった、大事な宝物。本当は手放したくない。
だけど、わたしはこの子を絶対に救うって決めたんだ。
座敷童子「あ、ありがとう。お守りだと思って身につけておくね」
未来「あと、好きな子にはちゃんと自分からアタックするんだよ!
じっとしてたら、何も始まらないからね」
座敷童子「??? う、うん。わかったよ」
勢い余って余計なお節介を言った気がするけど、気にしない!!
だって、世界はもうすぐ壊れるんだもん。そうだよね、XIIIさん――?
全ての準備は整った。
後は、最後の仕上げをするだけ。
震える手で、扇風機を起動する。
たちまち暴風が巻き起こり、パンの香りを街まで運んでいく。
どうか、うまくいっておくれ――。
最初にその匂いにつられてやってきたのは、黒い髪を長く伸ばした女性だった。
若き日の、The・マザーだ。
落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見渡している。
ガサッ。
その背後の茂みが音を立てる。
そこから現れたのは、6歳の飛助だった。
The・マザー「まあ、こんな所に小さな子どもが。家族とはぐれてしまったのかしら」
と、飛助の体が抱きかかえられた直後だった。
宗作「とびすけーーー!!」
飛助と同じ茂みから飛び出して来たのは、幼き日の宗作だった。
弟を捜しまわっている内に、自らもこの山に迷い込んでしまったのだろう。
飛助「あっ、兄ちゃん……よかった。捜してたんだ」
宗作「ばか! 捜してたのはこっちだ! もう二度と会えないかと思ったんだぞ!」
声を荒げる幼い宗作を、The・マザーが宥める。
名前や住所を訊かれると、素直に答えていた。
彼らが悪人でないことは、もう分かっている。
兄弟は、無事に家まで送り届けられることだろう。
運命が、変わった。
飛助がThe・マザーと共に暮らす世界から、兄である宗作と共に暮らす世界へ。
この変化は、世界に大いなる矛盾をもたらす。あの科学者はそう言っていた。
次の瞬間、世界はまばゆく輝き始めた。
視覚、聴覚、ついで知覚が失われていく。
これが世界の破滅なのか、それとも別の何かなのか。誰にも知る由はない。
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全ての準備は整った。
後は、最後の仕上げをするだけ。
震える手で、扇風機を起動する。
たちまち暴風が巻き起こり、パンの香りを街まで運んでいく。
どうか、うまくいっておくれ――。
最初にその匂いにつられてやってきたのは、黒い髪を長く伸ばした女性だった。
若き日の、The・マザーだ。
落ち着かない様子で周囲をきょろきょろと見渡している。
それから間もなく、彼女と同じ年頃の青年がやってきた。シャン、シャンと、鈴の音を奏でながら。
座敷童子少年の成長した姿であろう。
二人は長いこと黙って見つめ合っていた。
やがて、青年がゆっくりと口を開く。
青年「こんな場所で焼きたてのパンを食べたら、とても美味しく感じると思いませんか?」
女性「……きっと、懐かしい味がすると思います」
ガサッ。
二人の背後の茂みが音を立てる。
そこから現れたのは、6歳の飛助だった。
女性「まあ、こんな所に小さな子どもが。家族とはぐれてしまったのかしら」
青年「腕を擦りむいているね。手当てしよう。コテージの中に、救急箱があるはずだよ」
と、飛助の体が抱きかかえられた直後だった。
宗作「とびすけーーー!!」
飛助と同じ茂みから飛び出して来たのは、幼き日のあたくシだった。
弟を捜しまわっている内に、自らもこの山に迷い込んでしまったのだろう。
飛助「あっ、兄ちゃん……よかった。捜してたんだ」
宗作「ばか! 捜してたのはこっちだ! もう二度と会えないかと思ったんだぞ!」
声を荒げる幼いあたくシを、大人たちが宥める。
名前や住所を訊かれると、素直に答えていた。
彼らが悪人でないことは、もう分かっている。
我ら兄弟は、無事に家まで送り届けられることだろう。
運命が、変わった。
飛助がThe・マザーと共に暮らす世界から、兄であるあたくシと共に暮らす世界へ。
この変化は、世界に大いなる矛盾をもたらす。そうだったザマスね、飛助――?
次の瞬間、世界はまばゆく輝き始めた。
視覚、聴覚、ついで知覚が失われていく。
これが世界の破滅なのか、それとも別の何かなのか。あたくシには知る由もない。
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あなたはこの時点に残ることに決めました。
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他の者が旅立つのを見届けた後、力山チカ子はゆっくりと地面に臥せました。
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